「岡田武史」

岡田武史(おかだ たけし)
岡田武史

大阪府立天王寺高等学校、早稲田大学でサッカー部に所属。同大学卒業後、古河電気工業に入社しサッカー日本代表に選出。 引退後は、クラブサッカーチームコーチを務め、1997年に日本代表監督となり史上初のW杯本選出場を実現。その後、Jリーグでコンサドーレ札幌、横浜・F・マリノスの監督を経て、2007年から再び日本代表監督を務め、10年のW杯南アフリカ大会でチームをベスト16に導く。中国サッカー・スーパーリーグ、杭州緑城の監督を経て、14年11月四国リーグFC今治のオーナーに就任。日本サッカー界の「育成改革」、そして「地方創生」に情熱を注いでいる。(写真:アフロ)

「岡田武史」の記事一覧
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佐藤寿人論(1)サッカーにおける「知性」の力〜Jリーグ220ゴールの金字塔〜
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