いまはそれを言うべきではない。「甘えるな、スポーツ選手」 (前編)の画像
例年とは違う春になった
 オリンピックの延期が決まると、メディアは予想通りの切り口に走った。選手たちがかわいそう。そして、その期待通りに泣き言をいうアスリートも少なくなかった。もっと大きなものを失った人たちが世界にはあふれているのに――。

■ステレオタイプな「選手たちがかわいそう」

 3月末、スペインのFCバルセロナの選手たちが新型コロナウイルスによる競技中断期間の給与の70%削減に応じたというニュースが流れた。リオネル・メッシは「スタッフに賃金が100%支払われるよう、クラブを支援する」と自身のSNSに流したという。

 完全にストップ状態にある世界のサッカー。ホームゲームという「興行」ができないことによる打撃を直接被るのはクラブであり、今後短期間のうちに経営破綻するクラブが続出するのは目に見えている。FIFAは約27億ドル(約2900億円)の緊急救済基金の設立を検討しているというが、災禍が長期化すればとても間に合うものではない。

 そうしたなかで、選手たちがクラブの従業員の生活を守ることを優先したというバルセロナからのニュースに、一条の光を見る思いがした。

 3月中旬の時点ですでに避けがたいものになっていた東京オリンピック・パラリンピックの延期。しかし正式決定までの10日間、「延期論」など日本ではタブー視され、「延期すべき」と発言したJOCの山口香理事が批判されるというばかげた一幕もあった。

 そして実際に延期が決まると、NHKを筆頭にメディアは予想どおりの切り口に走った。「選手たちがかわいそう」という論調である。オリンピックに出場するため、あるは金メダルをとるために、血のにじむような努力をしてきたことが無駄になった。モチベーションを保てない。年齢的に1年後は難しい等々……。

 何につけステレオタイプの報道しかできない日本のスポーツメディアは、すぐに1980年のモスクワ・オリンピックを引っ張り出す。

 1978年に誕生したばかりの親ソのアフガニスタン社会主義政権が危機に陥ったことから、1979年末、ソ連はアフガニスタンに進攻。するとアメリカが即座に反応し、1980年7月から8月にかけて開催されることになっていたモスクワ・オリンピックのボイコットを世界に呼びかけた。日本政府は早々にボイコットを決め、JOCは最後まで出場の道を模索していたが、結局ボイコットを受け入れた。この過程で、金メダル候補と言われていたトップアスリートたちが涙ながらに訴える映像が繰り返しメディアに流され、「政治に翻弄(ほんろう)された選手たちがかわいそう」という文脈が出来上がった。今回の延期報道のなかで、すっかりほこりをかぶったその文脈が恥ずかしげもなく引っ張り出されたのだ。

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