「ヘディングを考える」――日本人サッカー選手の大きな欠落――の画像
マラドーナの“最も見事なヘディングシュート” 写真:Panoramic/アフロ
Jリーガーですら、これは意外なことなのだが、ヘディングの正確な技術を身につけたプレイヤーはそう多くはない。この基本中の基本といってもいい、サッカー特有の技術が、日本人選手の大きな欠点となってしまっているのだ。


■サッカーをサッカーならしめる


 長い取材生活で「最も見事なヘディングシュート」を見たのは、1986年6月22日のことだ。ところはメキシコ・シティのアステカ・スタジアム。試合はアルゼンチン対イングランド。0-0で迎えた後半6分、イングランドのペナルティーエリアにフラフラと上がったボールに跳びついたマラドーナが、やや遅れながら懸命に両腕を伸ばしたイングランドGKシルトンに競り勝ってヘディングでゴールに流し込んだのだ(……そのようにしか見えなかった)。

 公称164センチのマラドーナのジャンプは素晴らしかった。その頭は、20センチ近く身長が高いシルトンの拳の上にあった。当時の記者席にはテレビはなかったし、コロンビアの開催辞退で3年前に代替開催が決まったばかりで、アステカ・スタジアムには大型ビジョンもなかった。隣に座っていたイングランド人の記者が本社からの連絡で「ハンドだったらしい」と教えてくれたが、そんな疑問も、わずか4分後、マラドーナの「5人抜きゴール」の衝撃で吹き飛んでしまった。「神の手」を確認できたのは、試合後、メディアセンターに戻ってからだった。
 
 もうひとつ、ヘディングに関する話をしておきたい。

 学生時代に所属していた社会人チームの合宿のときの話である。夕食後、体育館がサッカーは禁止だったため、バスケットボールをやることになった。

 ゲームのなかで、ひとりの選手が「ワンツー」と言って前方の選手に強いパスを送った。パスを受けるのは、サッカーではセンターバックをしている長身選手である。彼は両足を前後に開いて体を低くすると、体をひねりながら、なんと頭で、相手ボールを床にたたきつけ、相手選手の足元を抜いた。ワンバウンドしたボールは走り込んだ最初の選手に渡り、鮮やかに突破した彼は華麗にシュートを決めた。バスケットボールとはまったく違うテンポのプレーがはいったことで、守備側はまったく対応できなかったのだ。

 ラケットを使わなければならないテニスではヘディングは禁止だが、バスケットボールでもバレーボールでも頭でボールを打つことを禁じてはいない(バレーは足でプレーしてもよい)。だがそれでも、意図的に頭でプレーする選手など見たことがない。

 ヘディングはサッカー特有の技術であり、サッカーをサッカーならしめるプレーと言っていい。そして試合では、豪快なヘディングシュートやヘディングの競り合いが大きな魅力となっている。

 そのヘディングが、いま危機にさられれている。

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