大住良之の「この世界のコーナーエリアから」 連載第11回「コーナーエリアの話」の画像
大住良之の「この世界のコーナーエリアから」 連載第11回「コーナーエリアの話」の画像

ロンドン・オリンピックの取材で、大住さんはウェールズの首都カーディフを訪れた。そこで出会った1970年のジョージ・ベストの写真から思索は始まる。今回は、まさに「重箱の隅」のはなし。

カーディフで見つけた写真

 世界に冠たるイングランドのプレミアリーグが6月17日に再開されるという。楽しみにしている人も多いに違いない。ところで、Jリーグのスタジアムと比較すると、プレミアリーグのスタジアムでは「コーナーエリア」が小さいのをご存じだろうか。

 コーナーキック(CK)をけるときにボールを置く範囲を示す小さな4分の1円。それを「コーナーエリア」と呼んでいる。ルールブックでは、2016年まで「コーナーアーク」と表記していたが、この年に大幅に書き換えられたバージョンから「コーナーエリア」に統一された。「アーク」は「円弧」のことであり、ペナルティースポットから9.15メートル離れていなければならない距離を示す「ペナルティーアーク」ではそれでいいが、コーナーの4分の1円はCKのときにボールを置く「地域」を示しているので、「エリア」としたのだ。

 だが、その大きさが、日本とイングランドで違うとは、いったい……。

 2012年にロンドン・オリンピックを取材したとき、会場のひとつとなったカーディフ(ウェールズ)で画商のショーウインドーにあった1枚の写真に目を奪われた。

 木枠のパネルに貼られた古いモノクロの写真。コーナーエリアに白いボールを置き、いままさにボールをけろうとしているのは、あのジョージ・ベストである。ユニホームからすると、マンチェスター・ユナイテッドではなく、北アイルランド代表としてプレーした試合に違いない。荒れたグラウンドには観客から投げ込まれた紙くずやつぶされた紙コップが散らばり、ジョージ・ベストのストッキングや白かったはずのパンツがこの日の天候やピッチ状態を表している。

私を惹きつけたジョージ・ベストの写真
私を惹きつけたジョージ・ベストの写真 ©Kasumi Mori

 店主に聞くと、1970年にスウォンジー(ウェールズ)で行われた「ホーム・インタナショナル(英国4協会の選手権)」のウェールズ対北アイルランドの写真であり、撮影者はPeter Cookという写真家だという。

 何よりも心を奪われたのは、観客の乱入を防ぐために立ち並んだ警官のなかにメガネをかけた小さな女の子が口に手をやってジョージ・ベストをじっと見つめて立つ姿だった。試合終盤、きっと警官のひとりが押しくらまんじゅうのような観客席のなかから引っ張り出し、自分の脇に立たせて観戦させていたに違いない。

 今日では絶対に見られない風景。サッカーが巨大スポンサーや巨大メディアのものではなく、「人びとのもの」だった時代を思い起こさせる写真は、安くはなかったが、どうしても欲しくなった。

 だがオリンピックで連日英国を南から北へ、そして西から東へと移動を繰り返している身としては、木製のパネルごと持ち運ぶことはできない。

「パネルはいらない。写真だけ欲しいからはがしてくれ」

 そういうと、店主はあきれたような顔をし、周囲のテープをはがし、側面の画びょうを外し始めた。すると「パネル貼りしていないプリントがあったわよ」と奥から女性店員がもってきてくれた。私はそれを丸めてホテルに戻ると、スーツケースの底に広げて大切にしまった。帰国してから額縁店できちんと装丁してもらい、しばらく事務所に置いてあったが、あるときから友人の邸宅の居間を飾るようになって久しい。

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