興梠慎三論―そのストライカーの美―(2)「水のように、幼児のように」の画像
興梠慎三(浦和)のヘディング 写真:松尾/アフロスポーツ
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サッカー選手のプレーは毎シーズン違うものだ。新しく何かを身に着け、何かを捨てていくのだろう。ひとりのストライカーの変遷をたどろう。その軌跡には、見逃してはならないものがある。2020年のJリーグ、美しさを身にまとった、この男のプレーを見よ。

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■美学に殉ずるストライカー

 浦和に加入してから昨年までの7シーズンでコンスタントに10点以上を記録し、鹿島時代の最終シーズン(2012年)に挙げた11得点と合わせて「8シーズン連続2ケタ得点」という「J1記録」を達成した興梠。私は記録自体にはあまり興味はない。しかしこの記録の背景には見のがしてはならないものがあると思う。

 ひとつは、彼の「ストライカーの美学」である。

 プロになって早い時期から、興梠は「チームの得点が第一」と語り始めている。そこには、彼の人柄とともに、プロになったころに手本にした先輩である柳沢の影響がある。欧州でプレーした短期間を除いて、柳沢はプロ1年目の1996年から2007年まで鹿島の厳然たるエースだった。Jリーグで5回も優勝を経験した。しかし得点王になったことはいちどもないし、1998年に22得点した以外、2ケタ得点もいちど(2001年の11点)しかない。

「ヤナさんは自分でも点を取るけど、それ以上に味方を生かすようなプレーをする」

 プロとしての「見習い」時代、スタンドからポジショニングや動き出しなど柳沢の動きだけを追いかけて研究した興梠は、その「美学」まで吸収してしまった。そして、浦和でペトロヴィッチの「全員攻撃」のサッカーに出合ってからは、こんなことを言うようになった。

「チームが勝てば自分はどうでもいい。降格争いをしているなら自分のせいだと思うけど、勝っているなら自分の数字にはまったくこだわらない。GKと一対一になっても、よりゴールの確率の高い味方がいればそっちにパスする。数字にこだわるのであれば、はいればラッキーというところからもどんどんシュートするだろう。でもそれではチームとしてまとまることができない」(浦和レッズ・オフィシャルマッチデープログラムのインタビュー)

 日本代表に選ばれたときには、同じストライカーの佐藤寿人からこう言われたという。「ゴール前でチームメートにパスを出していないで、もっと貪欲にゴールを狙ったらどうか。Jリーグ得点王も狙えるのにもったいない」

 それに対する興梠の答えが奮っている。

「いや、得点王とか、自分、いいんです」

 昔、イングランドとトットナムの大スターだったジミー・グリーブスはこう言った。

「89分間何もしなくても、残りの1分で1点取れば、それですべてOKさ」

 釜本邦茂は、チーム練習は適当に流し、それが終わった後、若い選手を呼んでボールをけらせ、受けてシュートという練習を30分も1時間も繰り返した。「自分さえ点が取れればいい」というエゴイストでなければ一流のストライカーにはなれないと信じている人なら、興梠は絶対に一流のストライカーではない。

 興梠が得点王に集中してシーズンを送ったら、毎年得点王争いに加わっていただろう。だがそんな態度を彼は「美しい」とは思わない。「チームが勝てばいい」――。その「美学」に、彼が得点王とは無縁ながらコンスタントに点を取り続けた秘密の一端がある。

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