後藤健生の「蹴球放浪記」 連載第18回「世界で最も甘い食べ物」の巻の画像
プエブラ行き高速バスのチケット
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サッカー観戦はお腹がすくけれど、旅行だってお腹がすく。だから、サッカー旅はとてもお腹がすく。1986年のメキシコで後藤さんと日本サッカー狂会ご一行は、3位決定戦を観戦するや、名物料理の老舗に押し掛けた。

■プラティニの普段着はピンクのシャツ

 前回はプエブラのスタジアムで階段を駆け上がってひどい目に遭った話だったんですが、その6日後に僕はもう一度プエブラを訪れました。フランス対ベルギーの3位決定戦があったからです。

 1982年のワールドカップ・スペイン大会から、3位決定戦は決勝戦とは別の都市での開催されることが多くなりました。たとえば、2002年ワールドカップでは決勝は横浜で3位決定戦は韓国の大邱(テグ)、ロシア大会では決勝はモスクワで3位決定戦がサンクトペテルブルクでした。

 大事な決勝の前日に遠くまで旅行するのは面倒だし(万一、何らかの理由で帰れなくなったら大変!)、3位決定戦は優勝の希望を失って疲れ切ったチーム同士の対戦なので本気度も下がります。だから、僕は3位決定戦には行かないことの方が多いのです。

 では、なぜプエブラまで行ったのか?

 メキシコ市から比較的近いという理由もありましたが、実はプエブラ名物の「モーレ・ポブラーノ」を食すというのが本当の目的でした。

「モーレ」というのはメキシコ料理のソースのことです。アボカド・ベースの緑色のソースを「ワカモーレ」と言いますよね。「モーレ・ポブラーノ」というのは「ポブラーノ」種の唐辛子を使うのでこう呼ぶらしいんですが、メキシコ料理ではとくに珍しいものではありません。ただ、「ポブラーノ(poblano)」とは「プエブラ(Puebla)」の形容詞形。つまり「ポブラーノ」種の唐辛子も、それを使ったモーレもこの町の名物なのです。

 朝8時40分発のバスでプエブラに向かい、正午からの試合(プラティニはお休みで、ピンクのシャツを着て歩いていました)を見てから、ガイドブックにも紹介されている老舗の「フォンダ・デ・サンタクララ」に向かいました。ところが、同じことを考える人が世界中にはいっぱいいたようで、店の前には長蛇の列ができていました。

 とりあえず名前と人数を告げて店の前で待っていましたが、列は一向に短くなりません。1時間ほどしてから中を覗いてみると、予約の順序などお構いなしに(つまり、割り込みで)入っていく現地人がいっぱいいることが分かりました。

 それなら、“郷に従う”しかありません。空いたテーブルに勝手に座っていると、店員が何も言わずに注文を取りに来ました。

「まず、鶏のモーレ・ポブラーノね。付け合わせにグサーノのフライ。それから……飲み物はメスカルね」。

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