大住良之の「この世界のコーナーエリアから」 第26回「ADカードをめぐる物語」の画像
2000年欧州選手権(EURO)のADカード。下は、その直前に取材したモロッコの「ハッサン2世杯」のADカード。大会中は常時これを着用しなければならない。(c)Y.Osumi
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なんで、免許証やパスポートに貼られた写真の自分はこんなに「ひどい顔」をしているんだろう――。大住さんもそう思っていることが判明した。なんか言い訳をしてるけど。今回は、首からぶら下げた変なもののおはなしだ。

■プーチン大統領もぶら下げた

FIFAワールドカップ・ロシア2018」はとても楽しい大会だった。もちろん、西野朗監督が率いた日本代表の活躍があった。ロシアの人びとの心からの親切心には、深い感銘を受けた。しかしそれに負けずに忘れられないのは、もうひとつの光景、世界中から集まったサッカーファンが、それぞれの首から誇らしげにカードをぶら下げている光景だった。

 もう忘れてしまった人がいるかもしれない。「ファンID」という。ロシア政府は、入場券を購入した全ファンに、個人名やパスポート番号、そして顔写真がはいった縦15センチ、横10センチほどのカードを発行した。時間があれば、国外でも、カードそのものが送られてきたし、差し迫ったときにはメールでPDFが送られてきて、ロシアに入国してから正式なものをつくることができた。このカードの保持者には、ロシア入国のビザ取得が免除され、ロシア国内でホテルに宿泊するとき、空港でチェックインするときにも、パスポート代わりに提出する。いわば「ロシア政府お墨付きのサッカーファン証明書」だった。

 もちろん、試合のときには、入場口で入場券だけでなくファンIDも示さなければならない。入り口に設けられた機械にファンIDをかざすと、それが本物であることがチェックされるだけでなく、柵の向こうの係員の目の前にあるモニターに登録されている顔写真が大きく映し出される。その写真と本人の顔を見比べることができるという仕組みだ。そしてスタジアム内にいるときには、常時首から下げていなければならない。

 もちろん、ファンID導入の最大の目的はセキュリティーの確保だ。入場券に記入された所有者名とファンIDを照合することで不正な入場者を防ぎ、大会の安全を確保するという仕組みである。ロシア国内のプロサッカーでは、何年も前から使われてきたシステムだという。もちろん、外国からのファンだけでなく、ロシア人も、ワールドカップのチケットを買うためにはファンIDをつくる必要があった。大会を通じて、外国人に50万通、ロシア人に87万通(そのなかには、プーチン大統領に発行された1通もあった)、計137万通ものファンIDが発行された。

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