文と写真・室橋裕和

 

 国際社会に承認されていない国家「北キプロス」の人々が暮らすコミュニティが、どういうわけだか埼玉県の狭山市にあるという。いったいどんな人々が、どんな生活を送っているのか。ナゼ狭山市なのか。謎を解き明かすべく、僕は「移民マニア」の友人たちと埼玉県に向かった。

 


■きっかけは、とあるツイート

〝埼玉は狭山という辺境の地になぜかバクラヴァ屋がある〟

 そんなツイートにマニアたちは色めき立った。

「なぜ狭山に?」「トルコ人か?」「すげー気になる!」

 この時点ですでにカタギの皆さまには理解できないだろうから説明をさせていただくと、まず「バクラヴァ」というのはトルコをはじめ中近東から中央アジアにかけて親しまれているスイーツのこと。生地をミルフィーユのように多層にしてピスタチオやヘーゼルナッツ、クルミなどを挟み込んで焼き、濃厚なシロップをかけたもので、ストレートのお茶やコーヒーにとっても合う。地域によって製法はさまざまだが、日本でも食べられるところが少しずつ増えてきていて、このところ異国飯マニアの間ではちょっとした話題になっているのだ。

 しかしバクラヴァを出しているトルコ料理レストランやカフェというのはたいてい都内にあるものだ。あまり一般的ではないメニューは、人口が多いぶんだけ価値観が多様な都市部のほうに需要があるということなのだろう。それにバクラヴァ作りで名高いトルコ人は都内のほか埼玉県にもたくさん住んではいるのだが、製造業がさかんで外国人労働者の働き口がいろいろある東南部で暮らす人が多いのではないか(埼玉県南部の蕨市にはトルコ国籍のクルド難民が集住している)。

 しかしツイートの写真を見るに、どう見たって埼玉県南西部に位置する狭山市の名産・狭山茶の畑の中にバクラヴァ屋の看板が佇み、なんだか不思議である。このあたりにトルコや、あるいはバクラヴァに関わる民族のコミュニティがあるとは聞いたことがない。

 ツイートを見た僕たちの誰もが、そういったモロモロの知識・洞察の上で「いったいこんな場所で、どうして、誰が、この店を営んでいるのか?」と疑問に思ったのである。マニアたちの「いいね!」はどんどん増えていった。

 

 

きっかけは 昔南京にいた女(@nanjingniitayo)さんのツイート。

 

 ここに移民マニアの友人Hiroさんが食いつき、情報が集まっていった

 


■ツイッターに飛び交うマニアたちのディープ情報

 

 すかさず別の人々がリプライを飛ばし始めた。勝手に情報が集まってくるのはSNSの素晴らしいところである。やがて問題のバクラヴァ屋に行ったことがあるという人が現れた。なんと「北キプロス」の方が経営しているらしい。またナゾが膨らむ。

 北キプロスは地中海に浮かぶ島国である。紛争によって南北に分断されており、南はギリシャ系、北はトルコ系の人々が住んでいる。しかし「北」は国際社会に認められておらず、日本も国家として承認してはいないのだ。相互に大使館だってない。ただトルコだけが独立国家と見なし、さまざまな支援を行っていると聞く。

 そんな「未承認国家」から、日本に流れ着いた方というのは何者なのか。狭山茶の畑のど真ん中にある理由は。そしてバクラヴァは美味いのか。さまざまな理由を解き明かすため、我々は精鋭部隊を集めて埼玉県へと旅立った。

 

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こちらがバクラヴァ。たっぷりのピスタチオがポイント。濃密な甘さがくせになる(撮影・工藤真衣子)


■まずはブラジルワールドにトリップ

 

「まず鶴ヶ島に行きましょう」

 関越道をカッ飛ばしながら、運転席のHiroさんは言う。

 世界の移民街を巡るYouTuberにして、毎度こうしたツアーを編成する我らがリーダーでもある。ほかに、やはり「日本の中にある異国」を旅することに目がない連中を乗せ、関東平野を北上していく。最近はコロナで海外に行けないため、「だったらせめて日本で外国っぽいところを」と考える我々のような連中も増えているようだ。

 鶴ヶ島インターチェンジで下りれば、そこはもう「翔んで埼玉」、街道筋には『山田うどん』の黄色い看板が輝き、全国チェーン店が立ち並ぶコピペみたいな街並みと、狭苦しい住宅街が続く。懐かしい。このアカ抜けない空気こそ埼玉である。僕はもともと埼玉県民なのだ。しかも問題の狭山市からすぐそばの入間市で生まれ育ったこともあり「どうしてあんな辺鄙な場所にキプロスが」と気になって仕方がなく、ツアーに志願したというわけだ。

 しかしその前に行きがけの駄賃とばかりにルートを迂回して鶴ヶ島を強襲したのは、この地にやはりマニアには評判のブラジル食材店があると聞いていたからだ。東武東上線・若葉駅前のビルの中だった。

「駅の目の前というのは北関東では珍しい立地ですよね」

 みんなで頷き合う。地方はクルマ社会であり、生活の中心は都市部と違って鉄道駅にはない。むしろ街道筋や、その道から縦横に広がる住宅街に、人の暮らしが移ってきている。だから駅のまわりはシャッター街となり、街道に全国チェーンが展開していくわけだが、それは移民たちも同様だ。だから外国の食材店やローカルなエスニック食堂も、駅から離れた住宅密集地であるとか大きな道路沿い、あるいは移民が働く工場のそばなどにポツリと立っていることが多いのだが、鶴ヶ島の場合はそうともいえないようだ。東京から延々と広がる「大都市圏」の辺縁部、といえるのかもしれない。駅の周辺もまだいくらか賑わいを残しているのだ。

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移民の食材店は見ているだけで楽しい。鶴ヶ島のこちらはブラジルの豆や調味料、お菓子などがいっぱい

日本の異国: 在日外国人の知られざる日常 日本の異国: 在日外国人の知られざる日常

もはや移民大国。2017年末で250万人を超えたという海外からの日本移住者。激変を続ける「日本の中の外国」の今を切りとる、異文化ルポ。竹ノ塚リトル・マニラ、ヤシオスタン、大和市いちょう団地、茗荷谷シーク寺院、東京ジャーミィ、西川口中国人コミュニティ、そして新大久保ほか。