文・光瀬憲子

 

 何度となく訪れた台湾の旅を振り返ってみると、美しい景色を思い出すことが多い。私の記憶に残る台湾の美景の多くは、先住民たちの里にある。司馬庫斯(スマンガス)の森もそのひとつだ。

 台湾の美景は、人がいないところに存在する。スマンガスも、もっともアクセスの悪い観光地のひとつ。新竹の市内から車で3時間以上。そしてスマンガスの村から私の目指す巨木群まではさらに徒歩で2時間以上。

 90年代にやっと電気が通うまでは「黒い村」と呼ばれていたスマンガスだが、当時の長老が巨木の夢を見て、森を探したところ、本当に巨木群を見つけたのだという。そして村の経済振興のために巨木群までのハイキングコースを整備し、観光客を誘致した。台湾人はこの巨木群のことを「神木」と呼ぶが、スマンガスの人々にとってそれが神の姿なのかというと、そうではない。阿里山に暮らす先住民もそうだったが、森の巨木は彼らにとってはただの大自然だ。スマンガスに暮らすタイヤル族は、ウドゥクという神を信仰している。ウドゥクは宇宙の主宰であり、祖先でもある。彼らの周りにある大自然は、ウドゥクと心を通わせるための仲介者なのだそうだ。

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樹齢3000年を超える巨木に触れる筆者

 


■巨木群の森へ、ガイドは台湾犬


 そんな大自然の中の巨木群をひと目見ようと、朝日が昇ると同時にスマンガスの村を出発した。根っからのインドア人間で、登山の経験はおろか、ハイキングだって子供の頃に行ったきりの私にとって、2時間半の山道は大冒険だ。

 目の前に広がる光景は、これまで見たどんな山とも違っていた。深い山には光が届かないことも初めて知った。足元はぬかるんでいて、周りの木や石はどれも緑色をしている。朝露や湿った苔から強い生命力を感じる。こういうのを「森が呼吸している」というのかもしれない。

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スマンガスの村から巨木群へ向かう道。最初は整備された竹やぶのトンネルが続く


 神木までは「子供でも歩ける道」と先住民のガイドから聞いていたが、甘かった。問題は私の体力だけではなく、先導してくれた黒い台湾犬にもあったと思う。山道を歩く私の前で、いかにも「ついて来い」と言わんばかりの顔をするので、私もつい案内役を任せてしまったのだ。犬について歩くうち、険しい崖や谷に迷い込み、2時間半で着くはずの神木に4時間経ってもたどり着けない。そのうち、同じところを通っているところに気づき、愕然とする。

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道案内をしてくれた気まぐれな台湾犬