文と写真・室橋裕和


 外国人とは無縁そうな、茶畑の広がる埼玉県狭山市の片田舎。そんな場所にナゼだか、トルコのお菓子の製造販売や食品の輸入を扱う会社がある。いったいどうして、と現地に行ってみれば、出迎えてくれたのはヌリさん親子だった。彼らは日本にたったの4人しかいない「北キプロス人」なのであった。

 

■絶品! キプロスパン「ピラヴナ」


 僕たち「移民マニア」ご一行は、パンの香りもかぐわしい工場内にお邪魔してお話を伺わせていただいた。


「まずはキプロスのパンを食べてみてください。皆さんが来ると聞いて焼いておきました」

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これが「ピラヴナ」というキプロス名産のパン。ミントの香りがなんとも楽しい(撮影・工藤真衣子)

 


 お父さんのハサン・ヌリさんがもてなしてくれる。ツアーのリーダーであるHiroさんが事前に「伺います」と一本メールしただけなのに、なんというホスピタリティなのか。焼きたてほかほかのパンは「ピラヴナ」というらしい。キプロス特産のヘリムチーズがたっぷりと練り込まれ、ごまやレーズンの風味とよく合うのだが、なんといっても特徴的なのはミントの香りのさわやかさ。これ、日本じゃぜんぜん知られていない存在のように思うけど、おしゃれカフェで出したら大人気になるんじゃないか……。


 ほかにも、ここ「ハセルフーズ」では、トルコをはじめ中近東で広く親しまれているスイーツ・バクラヴァをはじめ、トルコ食品の製造・販売・輸入を手がけている。なぜ北キプロスの方がトルコの品を? という話はまず、こちらの地図を見てほしい。

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キプロスは地中海に浮かぶ島国だ。南北に分断されており、北はトルコ系、南はギリシャ系の人々がおもに暮らす。ハサンさんもトルコ系で、文化や言語はトルコ本国と共通

 

■歴史に翻弄されてきたキプロスの人々


 どう見たって地理的な要衝なのである。そのためキプロス島は古代から、地中海貿易の拠点として栄えてきた。歴史上さまざまな勢力に支配され、その過程でトルコ系とギリシャ系の人々がおもな住民となったが、1914年にはイギリスの植民地となる。


 独立を果たしたのは1960年のことだが、ギリシャ系とトルコ系による争いが激化。1974年にギリシャ系の人々はギリシャへの併合を求めてクーデターを起こした。これに対してトルコ軍が軍事介入し、島の北部を占領する。以降、トルコ軍の駐留する北側にトルコ系住民が集まり、南にはギリシャ系の人々が暮らすようになり、首都ニコシアを中心に島は南北に分断されたまま、いまに至っている。


 しかし国際的に認められたのは「南」のほうだった。北はトルコ軍の軍事力によって支配された地域と見なされ、いちおう1975年に「北キプロス・トルコ共和国」として独立を宣言するのだが、国際社会からの理解は得られなかった。独立を承認したのはトルコだけ。日本政府も北キプロスを「国家」として認めてはいない。キプロスといえば一般的にはギリシャ側の「キプロス共和国」を指すもの、と思われているのが現実なのだ。


 しかしそんな北側にだって暮らしている住民たちがいる。海外を目指す人だっている。ハサンさんもそのひとりだった。

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「ピラヴナ」を切り分けてくれるラシットさん

 

■中古車ビジネスをきっかけに埼玉移住


「もともと、レンタカーを扱ったり、日本から車を輸入する仕事をやってたんです」


 しかしプライベートで思い悩むこともあって、気分を変えようと海外旅行へと旅立った。目的地は商売上、縁のあった日本だ。北キプロスのパスポートでは日本に入れないので、トルコ政府が北キプロス住民に発給しているトルコのパスポートを使った(これはもちろん国際的にも日本でも合法だ。念のため)。


「そのときに、埼玉県の川越も行ったんですよ。中古車の輸出元のパキスタン人が商売をしていたので、訪ねてみたんです」


 彼に誘われたことがきっかけだった。いったん帰国して移住の準備を整え、1998年に改めて来日。以降、埼玉県を拠点に中古車など輸出ビジネスを続けてきた。


「日本に来たばかりの頃は南大塚に住んでたし、自分の会社をつくったのは新狭山駅のそば」


 と埼玉県南西部のローカルな地名がぽんぽん出てくる。30年以上かけて、この地域になじんできたのだ。


「狭山市、大好きですよ。畑と一軒家が多くて、ちょっと北キプロスに似ててね。暮らしやすい。東京に行くことがあっても、用事が終わったらすぐ帰ってくる。六本木より狭山のほうがいいね(笑)」


 最盛期には日本人も含めて40人以上を雇うまでになったビジネスはしかし、2008年のリーマンショック、2011年の東日本大震災で打撃を受ける。


「とくに震災のときは輸出が止まって、たいへんでした」


 そこから、食品の製造販売や、輸入も始めるようになる。トルコの品々が中心だが、北キプロスのものも多かった。「北キプロスからの輸入ビジネス」という分野を手がけたのは、ハサンさんが日本初なのだという。日本ではきわめてマイナーな「北キプロス」という存在を知ってほしいという思いからだった。

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埼玉県に根づき30年以上に渡りビジネスをしてきたハサンさん

 

■「北キプロス観光局」が狭山市に?


 ピラヴナとバクラヴァをいただき、併設のショップでトルコやキプロス関連の品々をごっそり買い込んだ我々を、ハサンさんが次に案内してくれたのはクルマで10分足らずの場所だった。武蔵野の風情豊かな雑木林と工場が立て込む一角、ハサンさんの会社事務所がある建物の中に、「北キプロスセンター・ジャパン」が入っているのだ。


 お邪魔してみて驚いた。


「ここ、政府観光局?」


 壁にはローマ時代やオスマン帝国時代の古代遺跡や、美しい港町など観光名所の写真が貼られ、パンフレットがずらりと並ぶ。


「すべて自費でつくったんです」


 北キプロスを観光面でもっと日本人にもアピールしようと、2017年に開設したのだという。まさしく母国愛なのであった。


 旅行関連の展示会などにも参加したが、日本政府が承認していない国はまずいとブースから「北キプロス」の看板を外されてしまったり、昨年からはコロナ禍のために旅行どころではなくなってしまうなど多難ではあるのだが、僕たちのためにこの日はわざわざ招いてくれたのだ。ハサンさんはいわば、北キプロスの民間観光大使のような存在なのかもしれない。


 そんな北キプロスは「トルコからの支援がないと生きていけない」とハサンさんが言うほど経済的に立ち遅れており、国際的に「未承認国家」であるため国外で暮らす人は少ない。だから日本にいる北キプロス人はハサンさん親子のほかはふたりだけで計4人のみ。ふだんは文化的、言語的にも同じトルコ人のコミュニティと交流して暮らしているようだ。

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「北キプロスセンター・ジャパン」には観光関連の資料がたくさん。コロナ明けの旅行にいいかも?

 

■北キプロスツアーを締めくくる「コーヒー占い」


 ツアーのシメに我々が向かったのは「新狭山ハイツ」だ。高度経済成長期に造成された大規模団地だが、そのいかにも日本的なたたずまいの一角に、おしゃれな店がある。ハサンさんの息子のラシット・ヌリさんが営むレストラン『ヤカモズ』だ。トルコ料理とシーシャを楽しめる。キプロス名産のヘリムチーズもある。


「ゆっくり過ごしてもらえる店をつくりたかったんです」


 と語るラシットさんは、もともと料理人を目指しており、イギリスに行こうと考えていたそうだ。ところが15年前、17歳のときに父から呼ばれて、日本にやってきた。それから親子でビジネスを切り盛りしてきたというが、僕よりも日本語が達者なのである。日本の生活に溶け込むためにがんばってきたのだろう。


 お店の内装もラシットさんがデザインしたそうで、食器ひとつひとつも選び抜いた、こだわりの空間という感じだ。だがいまはもちろん、緊急事態宣言のため営業は限定的だ。


 最後にラシットさんは、特別に「コーヒー占い」を披露してくれた。トルコや北キプロス伝統の占いである。トルココーヒーは、コーヒー豆の粉ごと煮出してカップに注ぎ、その上澄みを飲むスタイルだ。だから飲み終わった後には沈殿した粉がカップの底に溜まるのだが、その残り方には個性が現れる。これを材料に占うというものだ。


 ラシットさんはコーヒー占いの達人であった。僕もびしびしと性格を言い当てられて驚いた。今後訪れる運勢についても語っていただいたが、実現するかどうか楽しみにしている。

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料理も内装もばっちりの『ヤカモズ』。ヘリムチーズは焼いて食べると絶品
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コーヒー占いは時間がかかるので興味のある人は事前に問い合わせを

 


*本連載は月2回(第2週&第4週水曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

(次回に続く)

国境の場所は、こちらの地図をご参照ください。→「越えて国境、迷ってアジア

 

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