文・山田静

 

「シズカ元気? 日本が外国人旅行者を受け入れられるか心配しているけれど、誰も未来が見える水晶玉は持っていません。来春、私たちのグループが行くかどうか、クリスマス前には決めます」

 4月初旬、コロナ禍前には何度か貸し切り宿泊をしていた欧米人グループからメールが来た。21年の春も秋もキャンセルとなり、22年の予約を入れてきたのだ。

「早くあなたたちの新しい建物と美しい庭が見たいわ」

 そうなのだ。彼らはまだ我々の別邸を見ていない。

 相変わらずのコロナ禍で稼働は奮わないが、みなさまのおかげで楽遊はぼちぼちと営業中。今回からは、昨年4月に完成した別邸についてお話していこう。 

 

■「茶室があってもいいかも」

 2016年6月に全7室で開業、お隣の土地に「別邸」を増築する話が持ち上がったのは2019年春。そのいきさつは既刊『京都で町家旅館はじめました』に書いた。

 増築を決めたはいいが、どんな建物にするのか。

 たとえば3階建てにしてビジホなみに部屋数を増やせば、そのぶん儲かる。だがひとつの旅館として運営するには増築できる客室床面積に上限規定があり、今の宿の雰囲気を変えたくないという気持ちは関係者全員共通だ。

「全部で11部屋までなら、同じ感じでいけるかと」

 毎度そうなのだが、とくに根拠がないまま「そんな気がする」という私の意見で、トータル11部屋ってことになった。前述のとおり客室床面積には限りがあるので、土地はけっこう余る。残ったスペースを全部使って、でっかい庭にするのはどうだろう?

「高級感を出すなら、庭がある部屋が必ずいります」

 何度目かの打ち合わせで設計士さんは言い切った。

 町家の庭はお客様をもてなす重要な装置。特に大事なお客様には、プライベートガーデンで歓迎の心を示す、ってことになっているのだという。

 前の経験から、京町家のスペシャリストである設計士さんが「そういうことになっています」と言い切ったときに逆らっても無駄なので、この件はそういうことになった。

 あーでもないこーでもないと意見を出しあった結果、別邸は2階建てで全5室、本館7室のうち1階の1室を共有スペースに改造して、合計11室とした。別邸1階の2部屋にはそれぞれ専有庭がつき、残った土地には共有庭と吹き抜けのロビー。別邸2階の2部屋は私の希望でコネクティングルームにしてもらった。

 おお、平面図だけでもかっこいい。

 しかも共有スペースがあちこちにあって、狭い四畳半に長期滞在するひとり旅や少人数のゲストにも、居場所が増えそうだ(楽遊はひとり旅の味方です!)。

「茶室があってもいいかもしれませんね……」

 打合せの席で控えめにつぶやく設計士さんの言葉はそっと聞き流させていただいた。無理。ぜったい無理。

 おおよその予定が決まったのが9月末。そこから再び、戸惑いの日々がはじまったのだった。

 

■お隣が近すぎないか

 9月28日、生まれてはじめての地鎮祭(連載#26参照)が終了。このあと、もうひとつの初体験があった。土地の境界確認だ。使っていい土地がどこまでなのかを確認するという作業である。

 

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これが地鎮祭セット。おせんべいやかつおぶし、お米も入っていて、城南宮からのオマケかと思ったら神饌(お供え)だった。「お下がりをいただかれまして心安らかにお過ごしください」と説明書に書いてあるので、米とかつおぶしはおにぎりにして、おせんべいは心安らかな感じでいただきました

これが地鎮祭セット。おせんべいやかつおぶし、お米も入っていて、城南宮からのオマケかと思ったら神饌(お供え)だった。「お下がりをいただかれまして心安らかにお過ごしください」と説明書に書いてあるので、米とかつおぶしはおにぎりにして、おせんべいは心安らかな感じでいただきました

 え、そんなの最初から決まってるんじゃないの?

「決まってはいるんですけど、みんな立ち合いの上確認しましょう、っていうことですね」

 設計士さんに指定された日時に現場に行くと、お隣さんや不動産屋さんなど関係者が大集合。真ん中で役所の担当者が分厚い台帳をめくっている。土地の記録だというが、何十枚あるのか、台帳の下のほうの紙は古文書みたいに黄ばんでいる。さすが京都。

 この台帳を眺めつつ、設計士さんや工務店の社長、お隣の土地を管理する不動産屋さんやお隣の塀を建てるという工務店の人などなどが、メジャー片手に境界をセンチメートル単位で目視&言葉で確認していく。

 へえ、こんなに厳密なんだ。

 生まれ育った山梨の小田舎では家と家の間には田んぼや空き地があるのが普通だったせいか、センチメートル単位で土地を分け合う感覚が新鮮だ。長屋ならともかく、手を伸ばせば隣の建物に届きそうなほど家々が密接している家並みも、よく考えたら山梨では見ない。

 後日談になるが、別邸ができあがり2階の窓から外を眺めると、お隣が近い。めっちゃ近い。瓦屋根も前のお寺の裏庭も一望である。

 え、近すぎないですかこれ。大丈夫ですか。

 苦情が出るのでは、と不安になったが、お隣さんをお招きして見ていただくと、

「ああ、こんなもんですか。うちが見苦しいといけませんから目隠ししますけど、すだれで大丈夫ですな」

 あっさりおっしゃる。ほんとに? 嫌みじゃなくて?(京都暮らしが続くと会話の裏読みをしたがる)

 むしろ不安が増して、別邸撮影をお願いしたカメラマンやリネンの配達の人、バイトスタッフなど京都っ子をはじからつかまえ2階からの風景を見せ「隣が近すぎないか」と問いただしても、

「こんなもんじゃないですか? え、だめですか?」

「だいたいこれくらいですよ」

 むしろみんな(この人は何を聞いているのか)みたいな顔をしてこっちを見てくる。

 そうか、こんなものなのか。

 やや鎮まった心で改めて眺めてみると、屋根が連なる風景は確かに脳内の“京都っぽい”風景のひとつ。「京町家は鰻の寝床のように間口は狭く奥に長く」「狭い場所を上手に活用する工夫が凝らされて」など、町家について教科書的に理解してはいたが、なるほど、家が密集して生活するのが当たり前という世界が背景にあって、京町家や京都人の知恵は育まれていったのだなあ。

 それとは別の感情で、私が海外の宿で窓からの風景がこんなだったら、ニマッとしてしまうかな。現地の生活ほど旅人の興味を惹くことはないからだ。

 じゃ、まあ、これでいいか。

 2回目とはいえ、再びいくつもの「はじめて」を経て、準備は着々と進んでいくのだった。

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2階窓からの風景。五重塔も料亭もなくて、ザ・京都な風情はないが、外国人気分で眺めるとなかなか面白い
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この土地に新しい建物「別邸」をつくる。現場の様子は本稿後半にて!