■死ぬときは死ぬし

「きれいな紙でしょう? ラオスで買ったの」

 連泊中の物静かなラオス系フランス人女性が、草花を漉き込んだ手すき紙に文字を書いて遊んでいる。パートナーとアジアを長旅中にコロナ禍が発生し、ラオスから中国に行く予定を変更して日本に来たとか。ラオス人のおばあちゃんがつけてくれた自分の名を日本語で書いて、というので、筆ペンを持ってきて「美しい月」と書いたらとても喜ばれた。

「ラオスで月を見ながら、この月が私なんだな、って思って。世界がこんな風になる前に見られてよかった」

 地元の空港がもうすぐ閉鎖されるという噂があるので帰国を早めた、という彼女は、紙を見つめながら言った。

「いろいろとありがとう! 帰りたくないなー」

 ブルガリアの女子旅コンビは、チェックアウト前日にバラの風味のターキッシュ・ディライトや珍しいお菓子を両手いっぱいくれた。

「キャンセルしようか迷ってたんだけどね、『よし、行っちゃえ!』って。死ぬときは死ぬし」

 ニューヨークから来た陽気なおじさん2人組は、豪快な笑い声と冗談でスタッフをいつも笑わせていた。

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ブルガリアのお菓子に手すき紙

 


 3月中旬までぽつぽつとやってきていた外国人ゲストも日を追うごとに減ってきて、空室が増えていった。自慢じゃないが(いや自慢だけどね)ずっと稼働率90%以上、ピーク時は98%の稼働率で回してきた宿である。連日、時間との戦いだった仕事から一転、暇をもてあますことも増えてきた。開けているだけ損が大きくなるので、客室稼働ゼロの日は閉館することになった。

「世の中がこんなになるなんて」

 ベテランスタッフがスカスカになってきた予約管理表を見ながらつぶやいた。

 4月、5月の予約もじょじょにキャンセルされていき、エクスペディアからは、4月いっぱいは「返金不可」予約でも無料でキャンセルを了承します、というお知らせがきた。あーそうですか……。

 そんな中、日本人ゲストがチェックインのときにお土産をくださった。袋をのぞくと、「東京ばな奈」だ。

「大変だと思うけど、がんばってくださいね」

 ありがとうございます。

 休憩時間にぱくっとひと口。甘い。うまい。染みる。

 間違いなく人生でいちばんおいしい「東京ばな奈」だった。