文と写真・下川裕治 

 

■LCCで1年ぶりにバンコクへ


 訪ねる国に新型コロナウイルスをもち込まない。そして日本に新型コロナウイルスをもって帰らない。そこに注力を集めての旅──それが、コロナ禍の旅に思えた。

 そのための規制には、国による温度差があった。規制の緩い国に合わせていくと、旅は簡単だった。しかしそれを納得しない人々もいる。安全な旅。結局、ブーメランのように自分に返ってきてしまう。

 タイへの旅は、かなり高いレベルで、安全への規制が敷かれていた。タイへの飛行機に乗る前にPCR検査を受ける。検査の確率は70%ともいわれる。しかし仮にそこをすり抜けても、その先に、2週間の強制隔離が待っていた。ホテルの部屋から1歩も出ることができない。もし僕が感染していたら、2週間の間に必ず発症する。この隔離を経験すれば、タイにはウイルスをもち込むことなく入国できる。

 日本への帰国。ここはやや厄介なので、追ってお話しする。とりあえず、タイにウイルスをもち込まずに旅はできる。

 タイまでの飛行機はZIPAIRを選んだ。日本航空の資本が100%のLCC。多くの航空会社が減便や欠航に陥るなか、ほぼ1日1便の就航を守っていた。

 しかしチェックインカウンターは閑散としていた。まるで無人都市のようになった成田空港。多くの乗客がスムーズに利用できるようにと整えられていった設備が使われることなく放置されていた。

 イミグレーションでパスポートをチェックする装置。両替機械。……どれも人力でこと足りてしまう。2~3人のスタッフで対応していた記憶があるインフォメーションには誰もいない。

 店は大多数が閉まっていた。ZIPAIRでは有料機内食をネットで買ってはいなかった。なにか機内で食べるものを……と探すのだが、店が開いていない。

 セブンイレブンが1軒だけ開いていた。ホッとした。日本の過疎地を歩き、県道沿いに1軒のコンビニをみつけたような感覚だった。しかし考えてみれば、ここは成田空港なのだ。

 搭乗口の周辺も人がほとんどいなかった。そして搭乗がはじまり、乗客が4人しかいないことがわかってしまう。

 サテライトに駐まっていた飛行機はボーイングの大型機だった。定員が300人近くになるタイプだ。そこに4人。客室乗務員の数より少なかった。

 東京とバンコクを結ぶ飛行機には月に1回は乗っていた。航空会社にしたら収益率のいい路線だと聞いた。ほぼ満席状態でのフライトは何回も経験している。それなのにいまは4人……。コロナ禍前は考えられないことだった。なんとか通路側の席を確保しようと躍起になっていた時代が嘘のようだった。

 

Cloudyasia38.1
バンコクに向かう機内。乗客4人。前方にタイ人女性がひとりいるのですが

 

日本の外からコロナを語る 海外で暮らす日本人が見た コロナと共存する世界各国の今
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編集・監修は、「12万円で世界を歩く」他、多数の海外に関するエッセイの第一人者の下川裕治。各国の執筆者と昔からつきあいのある監修者が、現地の肌感覚や本音に迫る。