文と写真・田島麻美

 

   人の流れが、街に戻ってきた。


 行動規制の緩和が進むローマでは、去年から抑圧されてきた市民の消費熱が一気に吹き出したかのように、外食やショッピングを楽しむ人の波が旧市街の通りを活気づけている。久しぶりに中心街のそぞろ歩きに出かけ、元気を取り戻したローマの姿にほっとする一方、コロナ禍があちこちに残した傷痕も目につき、嬉しさと寂しさを同時に味わっている。同じ街角、同じ名前の通りでも、そこは私の知らない場所になってしまったように感じる。


 飲食店の室内でのサービスが解禁となった6月最初の週末、イタリア全土で10人中6人以上が外食をした、というニュースを見た。日照時間が日に日に長くなり、外出制限時間も緩和される中、長く続いた窮屈な日常から解放された人々が、こぞって夜の街へ繰り出したのだ。まだまだ対人距離やマスク着用の義務はあるものの、ワクチン接種が進むのに並行してコロナを取り巻く環境も改善してきた。ようやく肩の力を抜ける状況になってきたと言えるだろう。待ち望んでいた本格的な活動再開を機に、困窮している経済を地元から立て直して行こうと、身近な飲食店や商店で積極的な消費を心がけている人がたくさんいる。

 

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本格的な営業を再開したローマ旧市街のレストラン。週末は外食をする人が大勢詰めかけた

 

   平日の朝、旧市街をぶらつきながら、街を自由に歩けるだけでなんとも言えない開放感が味わえることに気づいた。2ヶ月前まで街に漂っていた緊張感は薄れ、行き交う人たちもリラックスしている。カンポ・ディ・フィオーリへ向かう狭い裏路地のお店も元気に営業を再開していた。華やかで涼しげな夏の衣服やサンダル、サングラスやアクセサリーが飾られたウインドウを眺め歩くだけで心が弾んでくる。冷やかし半分で入ったお店では、店員のお姉さんと他愛ないおしゃべりに花が咲く。何気ないひとときが、こんなにも心を潤してくれることをすっかり忘れていた。


 ローマ旧市街には小さな店舗が軒を連ねた裏道がたくさんある。裏路地の小売店は、ほとんどが家族経営や若いオーナーが一人で切り盛りしているので、正直なところ彼らがコロナ禍を乗り切れたどうかが心配だった。幸いなことに私が見て歩いたお店はなんとか再開に漕ぎつけられたようだ。接客をする彼らの笑顔を見ながらほっと胸を撫で下ろす一方で、先日目の当たりにした大きなショッピング・ストリートの痛々しい光景が脳裏に蘇ってきた。
 


 共和国広場とヴェネツィア広場の間に伸びるナツィオナーレ通りは、コルソ通りと並ぶローマ旧市街きっての大きなショッピング・ストリートとして知られている。アパレルブランドやコスメ用品、靴やバッグ、アクセサリーなど大手企業の店舗と、代々家族経営で営業してきた地元の小売店が混在するこの通りは、ハイソな雰囲気のコルソ通りとは正反対の地元臭さが人気のショッピング・スポットだった。


 5月の終わりにこの通りを歩いた時、軒を連ねる店舗の約30%が閉店していた。そのほとんどは大手ブランドではない地元の小売店である。カラフルな新作が飾られた有名メーカーのショー・ウインドウの間に、シャッターが下りたままの打ち捨てられた店舗が並ぶ光景にショックを受けた。ナツィオナーレ通りの痛ましい姿は、多くの店が閉店、廃業を余儀なくされたコロナ禍の凄まじさを物語っている。イタリア中の飲食店や小売店の経営者は、文字通り生き残りをかけて日々を戦ってきたのだ。時がたてば、この空っぽの店舗にも新しいお店が入り、新しい命が吹き込まれて、人々が戻ってくるようになるのだろう。しかし、ほんの1年ちょっと前までこの場所で一日の大半の時間を過ごして生きてきた人たちの姿は、もう見ることはできない。まるで災害や戦争が去った後の廃墟を見ているような気持ちになった。

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ローマでも指折りのショッピングストリートだったナツィオナーレ通り。かつての華やかな通りの面影はなく、コロナ禍の傷跡の生々しさが浮き彫りになっている

 

    日に日に変わっていく街の姿を感慨深く見つめながら散策を続ける。打ち捨てられた店舗もあれば、かつての賑やかさを取り戻して再開した店もある。ロックダウン中にローマ市が取り組んできた歩道の整備や遺跡の修復作業も引き続き進んでいて、観光客の再訪に余念なく備えている。