文/チョン・ウンスク

 

 先日、栄中日文化センターでオンライン講座「新しいソウルの歩き方」の講師を務めさせていただき、訪韓ブランクが1年以上になったリピーターのためにソウルの注目エリアについてお話した。再スタートした本連載では今回から数回に渡って講座で取り上げたネタをもとにトピックを提供していく。

 最初の話題は、人の心の痛みがわかってしまう人たちのハートをとらえた韓国ドラマ『マイ・ディア・ミスター 私のおじさん』で、主人公(イ・ソンギュン)やヒロイン(IU)のホームタウンとして登場した町の象徴的なビジュアルを取り上げよう。

 

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韓国ドラマ『マイ・ディア・ミスター 私のおじさん』に登場する一つ目の踏切を渡って振り返ったところ。龍山駅の1番から京義線の線路を右手に見ながら進み、600メートルほど行ったところにある。写真の手前左手にパンアッカン(精米所)の看板が見える
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旧正月の前だったので、精米所ではできたてのお餅を冷ましているところだった
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精米所で買った大根千切り入りのシルトック(小豆餅)。米が貴重だった時代、大根でかさ増ししたものと想像される。ヘルシーなので現代では歓迎されるだろう


■韓国映画に登場する踏切

 踏切は日本の人には見慣れた風物かもしれないが、鉄道の大半が地下にあるソウルでは珍しい存在だ。

 この踏切を効果的に使ったドラマが、『マイ・ディア・ミスター』だ。ストーリーの詳しい説明は省くが、わけあり中年3兄弟とヒロインをはじめとする、心に傷のある人々の物語だ。『愛の不時着』『梨泰院クラス』も観るには観たが、もっとも惹きつけられたのが、このドラマである。

 劇中、小公駅・北村駅・後渓駅などという架空の地下鉄駅が登場することからもわかるように、このドラマにはエリアを特定する実在地名がほとんど出てこない。しかし、主人公たちが家に帰る途中に通る二つの踏切は、龍山駅の南西方向(漢江寄り)にある二村第2洞に実在する。


 ソウル駅が日本の東京駅だとしたら、龍山駅は上野駅のようものだ。数年前、龍山駅前の遊興街が撤去され、サラムネムセ(人の匂い、生活感)はずいぶん薄まってしまったが、このドラマは主人公たちが自分と向き合い、自分を取り戻す場所として二村2洞辺りの下町風景を効果的に使っている。

 

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一つ目の踏切の50メートルほど先にある二つ目の踏切を渡って、振り返ると見える風景
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二つ目の踏切を渡ってもう少し進み、後ろを振り返る。写真左手の青い看板の「ヨジョン食堂」は定食が安くて美味しい

 

 わずか50メートルの距離にある2つの踏切は、主人公たちを常におおらかに受け止めているように見える。それは彼らの心が沈んでいるときも、安らかなときも、酒に酔っているときも変わらない。まるで「おかえり」と語りかけてくるようだ。

 踏切は行く手を阻むものであり、何かと何かを隔てるものである。そして、飛び込めば死に至る。その意味ではネガティブなモチーフとして使われてもおかしくないが、韓国のドラマや映画では、よくも悪くも故郷を象徴するビジュアルとして使われることが多い気がする。



 1987年の映画『チルスとマンス』では、主人公(パク・チュンフン)が故郷、東豆川(京畿道)に帰ったとき、米兵用の大きなナイトクラブを背に踏切を渡る場面があった。彼にとって実家はうとましいものだったようで、その表情は憂鬱そうだった。

 また、1997年の映画『グリーンフィッシュ』では、除隊した主人公(ハン・ソッキュ)が一山(京畿道)の実家に戻る直前、ゆっくりと踏切を渡る後ろ姿があった。それは兵役からの解放感と、自分を受け入れてくれる我が家へ帰る喜びに満ちた安らかな場面だった。

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一つ目の踏切から龍山駅のほうに戻った辺り(漢江大路21ギルと同15ギルの交わるところ)
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ドラマで注目されたこともあり、おしゃれなカフェもできている。最近は看板のない店が流行り


「踏切のあるところをテンテンゴリと呼ぶんですよ。ほら、列車の通過を知らせる『テン テン』という音から来てるんです」と、日本の人に言ったら笑われた。たしかに日本では「テン テン」とは言わない。「カン カン」とか「チン チン」が一般的なようだ。

 しかし、何語であっても音を文字化するのは難しい。いや、正解などない。私が好きな日本の漫画家に滝田ゆう(1931年~1990年)がいる。彼の作品では踏切の音が「ケーン ケーン」とか「カンコン カンコン」と書かれていた。

 擬音語の解釈はもっとおおらかであってよいはずだ。『マイ・ディア・ミスター』に登場する踏切の動画をYouTube(tabilista futabasha)アップしておいたので、日本のみなさんも独自の感性で文字化してみてほしい。