文/佐藤美由紀

 

ウルグアイで最初の朝を迎えた。


「初日(厳密には2日目だが)の朝くらい、もうちょっとゆっくりさせてくれてもいいんじゃないか」


この日は、午前中に2件の取材が入っていた。

最初のアポイントは午前9時。

朝はあまり得意なほうではないうえに、長旅の疲れもある。

ということで、起きられないのではないかと不安になって、ちょっと甘ったれたことを思っていたのだが、なんのことはない。時差ボケのためか、目覚めたのは午前4時過ぎで、「泥のように眠って気分は爽快!」とは言い難い朝だったが、おかげさま(?)で、時間的にはたっぷり過ぎるほどの余裕を持って取材に臨むことができたのだった。

 

 

早朝覚醒して時間を持て余した私は、ホテル周辺を散策。早朝から開いているのは、店先に色とりどりの果物や野菜を並べた青果店くらいだった。
朝の散策中、たまたま通りかかったニューススタンドで、一面にムヒカの写真が掲載された新聞を発見して、思わず購入。日付を見ると、少し前のものだったけど……。

 


ウルグアイでの記念すべき一発目の取材、その相手は、ホセ・ムヒカ!!


と言いたいところではあるが、私たちは〝本命〟にアポが取れないまま、取材旅行を敢行したのである。残念ながら、最初の取材相手がムヒカのはずもなく。


外堀から埋めていきつつ、ムヒカに会うチャンスを窺う——。


その腹づもりで、コーディネーター兼カメラマンのダニエルが、最初に取材を取り付けてくれたのは、ムヒカの側近中の側近と言われる政治家、アンドレス・ベルテレッチェ氏だった。


午前8時半過ぎ、私たちはホテルを出発して、国会議事堂に向かう。

ウルグアイのそれは、日本で言うところの議員会館を併設していて、その中にある自分の事務室で、ベルテレッチェ氏は私たちを待っていてくれることになっていた。


外壁を大理石で覆われた国会議事堂は、モンテビデオ建築史上、もっとも重要な建物のひとつとされているとかで、たいそう立派な建物だった。

ネオクラシック調建築様式のそれは、正面から見ると左右対称。向かって左側が上院、右側が下院となっている(ウルグアイの議会は上院と下院の二院制)そうで、ムヒカは上院議員なので、彼の執務室は、左側のどこかにあるということか。

 

ネオクラシック調の建築様式の国会議事堂は、イタリア人建築家モレッティの設計によるもので、外壁はウルグアイ産の大理石で覆われた贅沢なつくり。建設に30年近くの歳月が費やされたという建物は、1925年8月25日の独立100周年記念日より国会議事堂として使われている。中央部のもっとも高いところは40メートル、総床面積は8,000平方メートル。

 

そんなことを思いつつ、裏口から入って警備員室のようなところで受付を済ませて中に入る。


内部は人の気配が感じられず、しんと静まり返っていた。


国会が開かれるという、ある意味、神聖な場所だけに厳粛なムード……ということでもなくて、普段はどうだかわからないけれど、少なくとも、私たちが訪れた日は、実は、大型連休のまっただ中。議員のみなさんもお休みで、実際、建物の中には人がいなかったようなのだ。

 

ふんだんに大理石が使われ、繊細な装飾が施された議事堂内部。要所要所にイタリアから取り寄せたというステンドグラスが嵌め込まれている。写真の文字「SENADRES」は「上院議員」という意味。つまり、「この扉の先からは上院議員のいる場所ですよ〜」ということだ。反対側に「DIPVTDAS」(下院議員)と掲げられた扉がある。
「SENADRES」の表示下にある扉を開けると、その先は、こんな感じ。議事堂内は厳かなイメージが強いが、議員の事務室があるエリアは、意外とカジュアルな印象。


きっと、ベルテレッチェ氏も、私たちが取材のオファーをしなければ、家でのんびりしていたか、どこかに遊びに出かけていたか。

どっちにしても、連休のまっただ中に国会議事堂になど来ることはなかっただろう。

休みを返上して会ってくれるなんて、それだけでもありがたいと思うのだが、最終的には、いくら「gracias(ありがとう)」の言葉を重ねても足りないくらい、私たちは、氏に、大いに感謝をすることになるのであった。

 

「ムヒカの側近中の側近」と言われるアンドレス・ベルテレッチェ氏。農村省副大臣、農林水産大臣などを歴任した政治家であり、共和国大学農学部名誉教授でもある。大学生のときにムヒカと出会った氏は、「ムヒカにとって、私はまだあのときのままの〝ひよっこ〟だろう」と笑う。