文/佐藤美由紀

 

頼みの綱だったYさんが、長期の南米出張に出かけてしまって音信不通状態になった。
私と担当編集Iさんはヤキモキして日々を過ごしていたが、さすがに、もうYさんだけを頼っているわけにはいかないと思うようになっていた。

 

そんなに急がなくても、ゆっくり待てばいいじゃないかと思われるかもしれないが、私たちには〝大人の事情〟があった。

出版社の都合(戦略?)上、ムヒカ本の第二弾は、「遅くとも夏まで」には出せるように進める必要があったのだ。
できるだけ余裕を持って進行するためにも、1月中には取材を終えておくのが理想だったが、1月はもう終わってしまった。

 

こうなったら、1日でも早くウルグアイに飛んでムヒカに会うべく、段取る必要がある。

 

取材が延びれば、その分、執筆ほか、作業の時間はどんどん削られてくる。下手すると「遅くとも夏まで」が守れなくなる可能性もある。
そんなことになろうものなら……。
私はフリーランスの身。いざとなったらどうとでも逃げられるが、Iさんは会社員だ。
その心境、推して知るべし……。

 

私はシルビアに連絡を取った。
シルビアは、ムヒカ本第一弾を出したとき、最初に資料の和訳をお願いして、結局、断られてしまった、あの日系ウルグアイ人の留学生だ。
彼女は、あれからほどなくして早稲田大学を卒業し、祖国に帰っていた。
ウルグアイ行きを決めたとき、「行くことになったから、現地で会おうね」というメールは送っておいたのだが、再度メールを出して、ムヒカへの取材のオファーが進まないことを伝え、力を貸してくれないだろうかと、お願いをしてみた。
すると、「自分にはムヒカに繋がる伝はないけれど、なんとかできるかもしれない友人がいるから、ちょっと確認してみる」というような返信があった。

 

私は期待した。

 

が、後日、「友達はトライしてみてくれたけど、結局、ダメでした」という内容のメールが届く。でも、その終わりに、「ダニエルさん、この人なら力になってくれるかもしれません」という文章とともに、メールアドレスと携帯電話の番号が書かれていた。
ダニエルは、日本人女性を妻に持つ東京在住のウルグアイ人男性で、職業はカメラマン。ムヒカ本人を撮影したこともあるということだ。
「彼は3月にウルグアイに帰って来ます。佐藤さんに紹介したかった。彼と連絡を取ってみてください。私から、その旨、伝えておきました」
シルビアのメールは、こう締め括られていた。

 


シルビアありがとう!!
暗闇の中に一条の光を見た気がした私は、ウルグアイの方角に向かって(どっちだか、さっぱりわからなかったので、とりあえず南東の方)、手を合わせた。

 

「どうかムヒカさんに会うことができますように」と、花とともに飾ったムヒカ本に手を合わせて祈っていたのだが、さて、その祈りは通じるのか!?

 

ウルグアイはブラジルとアルゼンチンに挟まれた小国(面積は日本の約半分)。首都モンテビデオからアルゼンチンの首都ブエノスアイレスまでは飛行機で1時間弱の近さだが、両都市を挟むラ・プラタ河をフェリーで行く方法もあり、高速艇なら3時間ほどで行くことができる。