日本人同士で距離ができると、無気力に拍車がかかった。日がな一日、ボーッとしていた。ホテルの近くにある沐浴場に行っては、タバコを吸ってチャイを飲み、その辺りにいる現地の人と適当に話すだけだった。今から思うと本当に贅沢な時間の使い方なのだが、当時の私は膨大な時間の使い方に困っていた。そのうち退屈しのぎに現地の子供たちと遊ぶようになった。もともと子供は嫌いじゃないので、相手をしていると、そのうちの一人が宿のオーナーの子だとわかった。

 別に恩を売る気はなかったが、ほんの気まぐれでゲームボーイをその子にプレゼントした。正直、“カバンの肥やし”になっていた物だから、少しでも軽くしたいという程度の気持ちだった。

 ソフトもいくつかあったのでまとめて渡した。日本語表示ではあるが、テトリスなど、単純操作で遊べるシンプルなゲームばかりだったので、問題なくすぐに夢中になって遊ぶオーナーの子。その様子を見ていると、良いことをした気になった。

 この善行へのリアクションは早かった。翌日にはオーナーが私を呼び出したのだ。恰幅(かっぷく)のいい中年紳士で、いかにもお金持ちという感じだった。

 

「息子にプレゼントをありがとう」

「気にしないでください。俺は使わないアイテムですから」

 私の返事が気に入ったのかわからないが、満足そうに頷いた。

「私はホテルの他に土産物屋を経営しています。私から何かプレゼントできるものはありますか?」

「大学で考古学をやってるんで、インドの古いものに興味があります」

 深い意味はなかったのだが、カルカッタにいる時に日本人旅行者から道端の露店で東インド会社時代のコインを買ったと自慢されたことがちょっとだけ収集癖を刺激して引っかかっていたのだ。

「それは良かった。実はアンティークショップも経営しているんです」

 

 土産物屋に毛の生えた程度だろうと思ったのだが、せっかくなのでお礼をしてもらうつもりで彼のお店に行くことにした。

「ここですか」

 そう言って入った店は土産物屋と大差ない。よくわからない謎人形が並んでいるだけで古美術ではなく民芸品っぽい感じだった。ここで何かをお礼としてもらったとしても何も嬉しくはない。民芸と考古では同じ古いでも時代が違うので、私の趣味の守備範囲ではないのだ。それに、そもそもコンパクトなゲームボーイですら持て余していたのに、かさ張るような民芸品なんぞ別に欲しくもない。

(何と言って断ろうか)

 すでに頭の中ではその方向で考えていた。ところが、そこからのオーナーの動きは予想外のものだった。部屋の奥まったところにある厳重に施錠された扉を開いて「こっちだ」と言って私を呼び込んだ。

(なんだ、これ?)

 というのが正直な印象だった。部屋の中が見えるところまで来ると、石仏、レリーフ、土器類などなど、宗教的な古美術品の数々が所狭しと並んでいた。その中には、見覚えのある曲線で突き出た胸が特徴的な女性像らしきものもある。

(もしかして……あれは)

 と思いはしたが、すぐに言葉にすることはできない。もう少し室内の観察を続ける。

 部屋の真ん中にはテーブルセットがあり、促されるままに着席。オーナーと向き合った。何かいけない場所に来たような気がしていた。というか、どう考えても普通じゃない。だが、この部屋にあるものに触れないわけにはいかない。

 

「ここにあるものは何ですか?」

「本物……ですよ。私のような仕事をしているとね、自然と入ってくるんだよ。わかるだろ?」

「そりゃあ……」

 盗掘品であることは察しがついた。そのことを直接尋ねることに躊躇はある。でも聞きたい。

「遺跡から盗んできたものですか?」

「私は知らないよ。持ってくる人がいるんだよ。それだけだよ」

 これ以上は聞いてくれるなという威圧感がある。

「チャイを持ってこよう」

 そう言って、私を部屋に残してオーナーが出ていく。彼が戻ってくるまでの間、部屋の中を歩き回るが、そこに居並ぶのは寺院で見たミトゥナを表現したレリーフと酷似したものばかり。しかも、一つや二つではない。あまりの物量にくらくらしてくるほどだった。そして、寺院で見た時よりも間近で見た像は、黒目がなく、白目がじっとこちらを見てくるような気がして、美しくも恐ろしいと思った。それと同時に、彼らをここから連れ出すのは否応なく罪であるとも思った。

 

■迫られる選択

  オーナーはすぐに戻ってきて、あれこれと話すことになる。日本での生活、インドのこと、旅のこと……。別にどうということもなく過ぎていく時間。インド人はおしゃべりが好きなんだろうなと思った。そして、そのおしゃべりも終局に至るタイミングで、オーナーは切り出してきた。

「息子のお礼だよ。この部屋にあるものは、何でも持っていっていい」

 そう言って部屋に置かれたものを指差すのだが、こちらとしても「はい、ありがとうございます」というわけにはいかない。逡巡したものの結局、私は日本への持ち込み、重い荷物を運びたくない気持ち、収集欲のバランスを考慮した。

 そして、部屋を出る時にはいくつかの品を手にすることになる。民芸品に毛が生えた程度の古さのお香立てぐらいのもので、極力荷物を圧迫しない大きさにしただけではなく、明らかに盗掘品ではないものを選ぶことにしたのだ。この時は、考古学を志そうという気持ちが強く、アンダーグラウンドに踏み込む気はなかったからだ。

 だが、この時の体験は不思議と忘れられない。考古学的な匂いと裏社会の怪しい香りが重なったことで、単なる好奇心や学問領域に留まらない何かを感じ取った。そんな旅の思い出として自分の中にあり続けている。そして今思えば、ここで感じた“何か”が、後にジャーナリストとなるモチベーションの一つになっているのではないかと思っている。

 

98年当時の筆者。カジュラホにて
MASTERゴンザレスのクレイジー考古学
MASTERゴンザレスのクレイジー考古学

TBS系列の旅番組『クレイジージャーニー』で人気を博し、今ではユーチューバーとしても活躍する危険地帯ジャーナリスト・丸山ゴンザレスが、これまでの取材を通じて見てきた「裏社会」と、学生時代に修士号を取得した「考古学」を融合させた「ハイブリッド考古学」の実証に挑む。自身の半生を振り返りながら持論を展開する渾身の紀行エッセイ。