文と写真・丸山ゴンザレス

 

 海外を取材していて考古学的なことに偶然出くわした経験がある一方、考古学の知識やノウハウがジャーナリストとしての取材に生きた経験もいくつかある。そんなエピソードも紹介しよう。

 これは、私がフリーライターとして活動していた頃の話だ。どうにも生活費が足りず、どんな仕事でも受けまくっていた。

 

 たとえば真冬の山に行って熊に出合ってくださいとか、ホームレスになってしばらく暮らしてください、逃亡者になってください……。さすがにコレは!? と思うものもあったが、無理やり納得することにしていた。

 

 こうした「頼まれ仕事」、つまり編集さんから振られる企画に対して、どうしても素直に「興味あります」とは言い難い。やりたいことはいつも別にあって、頼まれ仕事には常に物足りなさを感じていた。そんな中で私は、できることなら少しでも自分の興味に近い仕事に結びつけたい一心で、あれこれ模索していった。その結果、猟奇殺人や怪談に土地の歴史をミックスしたような企画を立てるようになっていったのだ。

 たとえば、「殺人事件は二丁目が多い!」「新宿二丁目の七不思議」「幽霊ビルの持ち主とは?」といった感じだ。

 振り返ってみれば、オカルト臭強めで胡散臭いものが多かったのだが、それでも自分の興味で企画立案したものが記事になるのは、無茶振りされる企画に比べれば格段の喜びがあった。

 フリーライターを生業とする上で最も求められるものは“ネタ”である。文章力は二の次だ。特によく仕事をしていた実話系の雑誌では、文章力などビタイチ求められることはなかった。ネタさえ良ければ企画は通る。逆に言えば、ネタがイマイチだと仕事はもらえない。だから、「文章が下手」「何書いてあるか、わかんないよね」と嫌味混じりで言われながらも、外注先に過ぎない私は笑顔で「すみません」と流して、次々とネタを仕込む。そんなタフさがないとやっていられなかった。異論や反論がある人もいるだろうが、少なくとも私が歩んできた出版の世界というのはそういうものだった。

 

 しかし、企画で使える種を探ることに関しては、私には確かな自信があった。それは大学、大学院でやった文献集めの経験があったからだ。

 考古学の論文を書くには文献をどれだけ集めたのかが重要になる。史学科の中で考古学は「発掘現場」と遺跡の「遺構」と「遺物」といったモノを研究する学問である。できるだけ実物を見て触りたいところだが、一人では遺跡の発掘調査はできないし、全国各地で発掘されている遺跡を見て回ることや、そこから出土した遺物の実物を把握することなどは不可能である。

 そこで遺跡の報告書や研究報告を利用する。それらは遺跡が資料化されたものなので、引用・参考文献とすることで、自分が調査に関わっていない遺跡も研究対象として利用できるのだ。

 自分の研究に必要な報告書がすんなり手に入るわけではなく、図書館の書庫を隅々まで歩き回って100年以上前の文献を探したり、遠く離れた自治体に連絡して報告書を購入したり、もしくはその土地まで出向きコピーさせてもらうことも。私も図書館のコピー機の前に何時間も陣取ったりしたものだ。

 

■ソマリアの遺跡を探そう

 こんな感じでネタを集めまくり、失敗やちょっとした成功を繰り返しながらフリーライター生活を続けていたわけだが、取材の仕方も時代とともに変化するものだ。それを痛感したのが、憧れの辺境冒険作家・高野秀行さんと縁あって知り合った時のこと。確か2012年ぐらいのことだったと思う。

 はっきり覚えているのは、当時の高野さんはソマリランド(ソマリア連邦共和国内の独立国家=未承認)の取材をされていて、どれほど面白い取材になっているのかを話してくれた。ちなみにその取材の話は後に本となり、2013年の第35回講談社ノンフィクション賞を受賞。今では高野さんの代表作の一つになっている『謎の独立国家ソマリランド』(本の雑誌社)だ。

 

 その高野さんが私にソマリランドについて聞きたいことがあるというのだ。文字通り飛び上がって驚いたのだが、高野さんに会って話してみると「これって何かな?」と1枚の写真を見せてくれた。

 確か、その著書の中でも古代遺跡かもしれないと少し触れていたのだが、その生写真のようだ。じっくりと写真を見ると、それは小高い丘のようでもあり、積石塚か見ようによっては古代エジプトのピラミッド的な遺跡のようであり、そうではないともいえる。とにかくはっきりとはわからなかった。

 「調べてみます」と高野さんに伝えて、この1枚の写真を持って私は前に太郎さんから紹介してもらったことのある、國學院大學で兼任講師をされている和田浩一郎先生に話を聞きに行くことにした。和田先生は古代エジプトの研究者だ。

 

 その時の先生の見解は非常に興味深かった。和田先生は、ソマリアは治安が悪く海外の研究者が入れない地域なだけに推測にならざるを得ないことを前提にして欲しいと断りを入れたが、その上で、ソマリアが独自文化を形成する民族性があると推測した。先生曰(いわ)く、ソマリアの言語はハム諸語(現在は話を聞いた当時と違い、ハム語は言語学では使われていないそうで、アフロ・アジア語族というそうだ)に分類されるそうなのだが、ピラミッドのある古代エジプトとは同じ語族でも語派が違うらしく、言語的に直接の繋がりはないのだという。つまり言語的な独立性が強いことから、古代エジプトのピラミッドの影響があるとは考えずに、別の文化が展開されていたのではないかと推測してくれたのだ。

 そのため、より具体的に追求していくのであれば、古代エジプトのピラミッドなどの建造物との比較が必要になるという。

 北アフリカにイスラム教が流入する以前、古代のスーダン辺りには積石塚のような墳丘墓もあったそうだ。もしかしたらその系譜を継ぐ古代遺跡かもしれないし、エジプトのピラミッドとは別の文化の建造物である可能性が高い。そんな話を聞いただけで、高野さんへの報告そっちのけでテンションが上がってしまった。

 

 とはいえ、最終的には墳墓かどうかを写真だけでは判断できないとのこと。分布や位置関係を探るために「墳丘墓の正確な位置座標」を教えて欲しいと言われた。この申し出に思わず、「ソマリアに行く用事でもあるんですか?」と聞くと、先生はこう返してきた。

 

「グーグルアースで見るんだよ」

 まさか考古学の調査にグーグルアースが活用されているとは、現場から離れて10年以上が経過していた私にとっては、あまりにもショッキングな事実だった。自分の足で歩いて現場に赴き、それができなければ文献を漁りまくるのが考古学だと思っていたのだが、それがだいぶオールドスタイルで、すでに自分がどれだけ考古学の現場から離れているのかを実感させられた。