文と写真・丸山ゴンザレス

 

 “生きた穴”に入ったのは初めてのことだった。

 “穴”には二つの種類がある。生きた穴と死んだ穴。考古学で主に扱うのは後者のほうだ。

 これまで発掘で潜った遺跡の穴は主に横穴式の古墳、つまり機能としては死んだ穴だ。

 古墳は死者を葬るための場所であり、埋葬し封印がほどこされると同時にその役目を終えるものだと思っている。あとは、永遠の眠りを維持していくだけの施設だ。

 それに対して、何らかの活動が継続する場合は、その場所は生き続けていると思う。これは感傷的な意味合いではない。実際に生きた穴というのが存在しているからだ。

 

 死んだ穴ばかりを考古学で研究してきただけに、生きた穴にも触れてみたいと常々思ってきた。その穴の数々も、掘られた当時は生きていたものである。その穴がなぜ掘られたのか、また、どんな思いで掘られたのかということを、研究上の考察ではなく、現実の感覚として触れてみたいと思っていたのだ。

 実際には、ルーマニアの「マンホールタウン」や、マンハッタンの下水道で暮らす人々を取材したことなど、生きた穴を見てきたことはあるが、厳密に言えば、これらのものは“穴”とは言い難い。だが、2019年に私が出合った“穴”は、正真正銘の“生きた穴”だった。

 

■突然開けた違法鉱山への道

 下水道、トンネル、貯蔵庫……など、穴にも様々あるが、私が注目していたのは、「鉱山」である。それも南アフリカ共和国の違法鉱山だ。

 南アフリカではアパルトヘイト(人種隔離政策)の影響で白人に富が集まった歴史的な経緯がある。そして、アパルトヘイト撤廃後、揺り戻し的に白人から財産を黒人に戻す動きが起きた。その一環で白人経営の鉱山が黒人経営に移行したあと、経営が立ち行かなくなり放棄されたる事態が生じたというのだ。そして、そんな鉱山を勝手に採掘している連中がいるのだという。

 

 鉱山採掘をするには高度な専門技術が必要である。不安定な坑道では、ちょっとしたことで事故が起きる。特に落盤は命に関わるのだから、ハイリスクな現場であることは誰の目にも明らかでありながら、そこを好き勝手に掘っている連中がいるとしたらどんな感じになるのだろうか。正直想像もできない。

 それがどんなものなのか見てみたい。『クレイジージャーニー』での南アフリカの格差社会を取り上げる企画で訪れたのだが、個人的にはこの違法鉱山に足を延ばしたいというのが、取材先として南アフリカを選んだ理由の一つでもあった。

 もはや違法鉱山の情報を耳にしたら興味しか湧かない。だが、はるかアフリカの先端に行くにはスケジュール的に厳しく、なかなか訪問することは叶わなかった。頭の片隅にずっとあったこのネタが動き出し、ようやく行くことができたのは2019年。通算で4回目の南アフリカ共和国・ヨハネスブルグである。

 すぐに鉱山に行きたいという逸る気持ちを抑え、『クレイジージャーニー』のカメラにギャングや麻薬の取材風景を収める。もちろん、都市の闇を追いかけるのに興味がないわけではないが、それ以上に鉱山に対する思いは強かった。

 

 しかし、そんな気持ちとは裏腹に、鉱山取材の許可がなかなか下りない。今回の一連の取材で仲介者となってくれていたニャイコという若者に「違法鉱山に行きたい」とリクエストしていたが、曖昧にはぐらかされるだけで回答は保留され続けていたのだ。「なんでだよ」という思いはあっても無理は言えない。あくまでニャイコというパイプだけが頼りの取材だったからだ。

 状況が動き出したのは、同行していた番組のディレクターが帰国した直後。彼が日本に戻るのを待っていたかのように、突然ニャイコから連絡が入った。

 

「リスクは高いが行くか?」

 詳しく状況を尋ねてみると、違法鉱山があるのは彼自身が直接の繋がりを持たないコミュニティで、テレビカメラを持ったディレクターがいるのは、相手を刺激するため連れていくことができなかったとのことだった。

 カメラそのものがリスクだというのは、危険地帯を取材する上で危うい状況を生み出すということ。そんなことは何度も経験していたので、今さらそこをゴネる気もしなかった。むしろ私を気遣って、テレビカメラなしでの取材交渉をしてくれたことに感謝したいくらいだった。

「親切にありがとう」と伝えると、ニャイコも心なしか嬉しそうだった。アフリカ人に対する偏見があるわけではないが、こうした気遣いのできる現地人にあまり会ったことがない。