■いざ現場へ

 甲府盆地に入ってすぐに、周囲を見渡した。地形をチェックするためだ。同時にスマホでグーグルマップを起動する。地図を見ていると不思議なことに気がついた。甲府盆地の面積は2115平方メートルと、さほど大きな平地ではない。それにもかかわらず、甲府市・山梨市・韮崎市・南アルプス市・甲斐市・笛吹市・甲州市・中央市と、「市」だけで、これほどの数があるのだ。住む人のほとんどが盆地に詰め込まれた感じがする。

「市、多くないですか?」

「まあな。だけど実際に平地を見てみると分かるんだが、平地だけど川が流れていて、そこで区切られているんだ」

 太郎さんの回答は明確だった。実際、笛吹川と釜無川が盆地南西部で合流し、一本の川(富士川)になる。東西に長い逆三角形をYの字に切っている感じとでもいうのだろう。こうした地形の確認は、遺跡が作られやすい環境にあったのかどうか。そんなことを考えるのが考古学徒だったころからの癖である。きっと多くの考古学経験者が同じことを思い描くのではないだろうか。



 実際に、甲府盆地には遺跡が目立つ。特に縄文の遺跡は多いし、弥生の方形周溝墓群も確認されている。古墳に至っては、かなりの数があり、中には甲斐銚子塚古墳(墳丘長169m)のように、大規模な前方後円墳もある。中世のものでは、甲斐国の国府や一宮(浅間神社)、なにより有名な、武田信玄の躑躅ヶ崎館(つつじがさきやかた)がある。他にも、近代になってシルクロードと呼ばれる「絹の道」ができあがるほど養蚕業が盛んになったことから、それに伴う遺構(建物とかの痕跡のこと)も見つかっている。ざっと挙げるだけでも、甲府盆地がいかに歴史的なバックボーンの太い場所かが分かるだろう。

 ちなみに、ここ山梨は太郎さんの地元でもある。おかげでこの日の宿は、彼のご実家にお邪魔させてもらうことになり、宿代が浮いた。こういう巡り合わせがあると、考古学の調査は非常に楽なものになる。そうでなくても、遺跡の調査では、僻地だったりすると宿の確保が面倒になることが多いのだ。

山梨には竪穴住居(復元)も
甲斐銚子塚古墳

 

 甲府に着いた我々は、國學院大學の学生たちが参加している(太郎さんはその様子を見に来た。熱心な先生である)新町前遺跡に向かった。高校のグランドで発見された遺跡で、特色は水田跡から足跡が見つかったことにある。かなりの数がまとまって発見されたために注目されているのだ。他にも、あぜ道が検出されている。

 調査区に入っていって、現場の調査員に挨拶するべく周囲を見渡した。 ちなみに調査員とは現場を監督する立場の人のことで、その現場での絶対的な権力者である。そして、何か問題が起きたときには、もっと上から怒られる責任者、つまり中間管理職的な立場の人でもある。調査の進捗が遅いと自らが率先して発掘作業をする。そのために土にまみれることもあるので、楽な仕事とは言いがたい。

 

 現場に立つと、土の匂いがした。掘り下げられた地面を見ていると昔のことを思い出す。

 遺跡発掘の思い出といえば、 “ドカ掘り”というのだろうか、体格を見込まれた私は、とにかく土を掘っていた。表土(地面のこと)を剥いで、遺物のありそうな地層(これを包含層といいます)近くまで掘り下げる。それが終わったら、次のトレンチ(試し掘り。遺跡の全体像を把握するために掘られた溝)へと移動することを繰り返していた。大変な肉体労働ではあるが、学生時代はパワーも有り余っていたので、同じ作業が延々と続くことぐらいしか不満はなかった。

 むしろ、このドカ掘り作業が、ジャーナリストになってから妙なことに役立った経験がある。それは“死体の遺棄”についてだ。



 以前、裏社会取材の際に人を殺して山に埋めに行くという話をしてくれた人がいた。真偽のほどはさておき、その人が言うには、「死体を埋めるなら5メートル以上掘らないといけない」とのことだった。理由は「地表に近いと、動物が掘り起こしたり、地すべりが起こったりとかで、遺体が露出することがある」のだという。かなり興味深い話だったので、それを聞いた当時、結構突っ込んで尋ねてみた。

「いつも何メートル掘るかは決めているんですか?」

「あんま決めてないんだけど、粘土みたいに固い土が出てきたら、そこに埋めるんだよ」

「あ~、もしかして、関東近県で穴とか掘られていますか?」

「え、なんで分かるの?」

 顔色がサッと変わったのが分かった。だが、私は落ち着き払って、こう続けた。

「関東ローム層といって、粘土の層があるんですよ。それは、地すべりとかでも残ることが多い地層で、流れていくのは、その上の表土だったりすることが多いんじゃないかな」

「兄さん、なんか詳しいね。同じことやってたの?」

「違いますよ。ちょっと考古学かじってて、遺跡の発掘とかで土を掘っていたことがあるんです」

「へえ、じゃあさっきのローム層とかってのも、本当なんだね」

「ええ、まあ」

 このような感じで、せっかく勉強した知識をまったく違うところでつなげることがジャーナリスト活動では多かったように思う。

 ちなみに、この人とは“埋め戻し”に関しての苦労話でも意気投合した。

 私がエンピ投げという、土をスコップで飛ばす技術があると説明すると、彼はそれを興味津々で聞いてきた。このテクニックはスコップの形を崩さないように掘った土を放り投げるものだ。そのほうが、いちいち土をネコ(一輪車)やミ(バスケット)に乗せて運ぶよりも、圧倒的に早いからだ。上手い人だと、数メートル離れている場所から正確に土を放り投げることができる。そのことを説明すると、「人力は限界があるね。重機でいいや」と、にべもなく言っていたのを思い出した。