この違いが分かる目を持つことこそが考古学者なのだと思う。色、密度(しまり)、含有物など、素人目には違いなどほとんど分からないこともある。それを判別できるのだから、考古学者の目は、ある種の魔眼である。

 私はその違いをなかなか見分けることができず、師匠に「分かんねえっす」と言ったことがあった。すると師匠は事もなげに「人の手が入った土には、何年、何百年たっても痕跡は残る」と言った。人の手が入った土には、空気や不純物が必ず混入する。自然に堆積したものとは絶対に違う。たとえ僅かでも違うものになった土は重なり合っても見極められるということなのだ。かなり奥の深いことだったので、すぐにできるはずもなく、間違った見極めをすると先輩から「どうしてもわからなかったら土を食え」と言われたりしたこともある。それも含めて「土の違い」というのは、今でも忘れられない。

 

わずかな土の違いを見極めて遺構を見つける

 

 僅かな違いを見逃さないように注意しながら、変化が見られるまで何メートルだろうと掘り続けることもある。そうやって遺物や遺跡が含まれている高さにぶつかった場合、作業自体が大きく変わる。

 まず、これまでのメインウェポンだったエンピから、移植(移植ゴテ)、ねじり(手がり)、根切(ハサミ)、おたま、釘や竹串、ミ(箕=バスケット)に持ち替える。

 ここからは掘るというよりも土を削る感じで、数センチ単位で掘り下げていく。中腰で周りの土を崩したりしないように気をつけながらひたすらガリガリと削っていくのだ。

 さすがにこの段階になると調査員もすべての作業員を見ることは不可能になってくるので、作業員の判断にある程度は委ねられる。

 優秀とされる作業員ほど、調査員にあれこれ質問しない。このあたり、調査員が求めていることを想像するよりも、どのぐらい層位を下げるのが適切なのかを自分で考えながらやったほうがいい。特に発見した遺物は動かさずに先ほどの普段はめったに見ることもないような道具を使ってソロリソロリと土をどけていくしかない。

 土をどけてからは、遺物や遺構は図面や写真を撮って記録していく。そこで、先ほどの道具たちで土清掃(浮いた土の取り除きテク)をする。本当に細かい粒子の土を綺麗に見せなければいけない。この作業は、後に裏社会取材で直面したコカインをガラステーブルでカードやカミソリの刃などで切り分けたりするあの動きと同じような感じに似ていると思った。高騰しているときなど1グラムの末端価格が万単位になることもあるのだから、慎重に動くことになる。それと同じような動きをするのだ。いかに発掘作業が細かいテクニックを必要とするかおわかりいただけるのではないだろうか。

 

発掘道具、ミを収納容器にして移植、根切などがまとめられている

 

 さて、本筋に戻すと、先ほども触れたように、検出の様子は記録しなければならない。遺跡の現場風景写真などで、画板を持っている人がいる。実はあの人たちが記録を取っているのだ。画板なんて小学校以来使っていないという人も多いだろうが、遺跡の発掘現場では現役バリバリで使われているばかりか、ベテラン作業員か調査員でないとこの画板は持てないので、ある種のステータスでもある。

 どんな記録を取るのかと言えば、出土状況(場所)を図面に記録して、写真でビジュアル的に記録、GPS(昔ならレベルと平板測量あたり)で座標を記録する。ようやく専門技術っぽくなってくるが、実は、この作業がかなりしんどい。

 出てくる遺物の位置情報の確認は必ずする。細かな破片一個ずつである。もちろん何も出ないよりはいいのだが、土器片だけでも気の遠くなる数が出土する遺跡にあたった時は、嬉しさはあるが、「マジかよ」感は半端ないのだ。

 ここで調査員から言われて嬉しい魔法の言葉がある。それは「一括」である。不規則にまとまって出てきた土器片があまりに多い場合、写真と目立った土器片を記録して、残りは「一括の出土遺物」としてまとめてしまうのだ。