文と写真・室橋裕和

 

 連載再開! とはいえコロナ禍が収まる気配もなく、僕もいまだ国内に幽閉される日々を送っている。悔しいので「日本の中で異国を感じられる場所」に出かけてはウサを晴らしているのだが、今回は千葉県北部に行ってみた。

 

■農村の真ん中に立つ純白のストゥーパ

 千葉県香取市、佐原。JRの駅を出て北に歩くと、やがて利根川が見えてくる。広大な河川敷にかかる橋を渡れば、右手から支流の横利根川がさらに北へと伸びている。霞ヶ浦までつながっているのだ。

 この横利根川にはいくつもの漁船が浮かび、土手では釣り人たちが並ぶ。周囲には川や湖に潤された田畑が広がる。水郷なのである。

 そんな景色の中に、唐突に純白のストゥーパ(仏塔)が現れたので驚いた。一瞬、東南アジアのどこかにワープしたような錯覚にとらわれる。しかしその背後に見えるケーズデンキの看板に、ここは北関東の田舎であるのだと思い直す。あれがスリランカ寺院、「蘭華寺」だ。

 

田んぼと農村が広がる千葉北部に、スリランカ寺院の仏塔が現れる

 

■テーラワーダ仏教を広めるために建立された寺院

「ここにお寺を建てたのは1989年のことです」

 柔和な日本語でそう教えてくれたのは、蘭華寺の僧侶ヤタワラ・パンニャラーマさん(62)だ。本堂にはスリランカから運んできたという黄金の仏像が鎮座し、壁や天井には仏陀の生涯を物語にした仏画が描かれている。スリランカだけでなくタイミャンマーなどで見た、テーラワーダ仏教のスタイルだ。日本で言う上座部仏教である。東南アジアに旅してきたような気持ちになってくる。

 もともと蘭華寺は、1984年に東京・江戸川区に建立されたのだという。マハーボーディ(大菩提会)という、スリランカとインドに拠点を持つ仏教協会があるのだが、そこから高僧が日本へと派遣されてきたそうだ。日本にスリランカ寺院をつくり、テーラワーダ仏教を広めるためだった。

 この寺院はやがて小岩に移転するのだが、そこにパンニャラーマさんが来日して合流するのは1986年だ。

「私は13歳のときに出家したのですが、日本には小さい頃から興味を持っていました。当時の私にとって日本と言えばスリランカと同じように仏教の国というイメージ。教科書にもそう書かれていてね。インドに行くチャンスもあったのですが、日本のほうを選びました」

 パンニャラーマさんが来日した時代はバブル真っ只中ではあったが、まだまだ着物をまとう人もいて、ほかの国にはない文化があると感じたそうだ。

 とはいえその頃、日本に住むスリランカ人はわずかばかり。


「中古車関連のビジネスで来る人はいたけれど、長期で住んでいる人は少なかったですね。だからお寺に来るのは学者などテーラワーダ仏教に興味があったり、スリランカに旅行したことのある日本人が中心です。日本人に支えられてここまで来たんです」


 そして1989年、千葉のこの地へと移転。都内は家賃が高く広い場所を確保できなかったこと、佐原なら成田からも近く、国外と行き来しやすいことから選んだ。そんなことを話していると、窓の外を飛行機が通りすぎていく。コロナで減便になっているが、それでも飛行機をよく見る。確かに成田空港がすぐそばなのだ。

 越してきた頃は近くを走る51号線も1車線だけで、いま立ち並んでいるスーパーマーケットもドンキホーテも何もなかったそうだ。


「でもね、ここから見える田んぼの風景は同じなんですよ、昔のまま。それに田んぼの中にお寺があるこの景色は、スリランカと一緒。故郷のキャンディにも似ている。ヤシの木がないけれどね」

 

本堂には立派な仏像と仏画が。仏像は土台の黒壇とともにスリランカから運ばれたもの
お話を聞かせていただいたヤタワラ・パンニャラーマさん。セイロンティーごちそうさまでした