文と写真/田島麻美

 

■決勝戦の視聴率は、80%以上!

 

 6月11日から1ヶ月に渡って欧州全土を興奮の渦に巻き込んできたサッカー欧州選手権『Euro2020』が閉幕した。ワクチン接種が進み新型コロナウイルスの感染が抑えられてきたイタリアでは、6月末から全土が危険度の低いホワイトゾーンとなり、屋外でのマスク着用義務も解除された。日に日に、少しずつコロナ禍以前の平常感覚を取り戻していくのに並行して、サッカー・イタリア代表チーム(通称アッズーリ)の奮闘ぶりが注目されるようになっていった。
 決勝戦が行われた7月11日は、テニスのウィンブルドンでもローマ出身のマッテオ・ベレッティーニがイタリア人初の決勝進出を果たし、直後に同じロンドンのウェンブリー・スタジアムでイタリア対イングランド戦が行われ、お茶の間は夕方からずっとテレビに釘付けとなった。21時から始まったEuro2020の決勝戦の視聴率は、国営放送Rai1だけでなんと73.7%という記録的な数字を叩き出した。有料チャンネルなども加えると視聴率は83.5%という驚異的な数字になり、2000万人以上がこの試合に見入ったという。イタリア中が固唾を飲んで見守った試合は延長戦でも決着がつかず、最後はPK戦を制したイタリアが53年ぶりにヨーロッパの王者となった。その瞬間、イタリア中に喜びが爆発。クラクションやチアホーンが街中に鳴り響き、打ち上げ花火が何度も何度も上がり、お祭り騒ぎは明け方まで続いた。

 

 実を言えば、1ヶ月前、Euro2020がローマで開幕した時は、イタリアチームがここまで活躍するとは誰も思っていなかった。前回のW杯での予選敗退という苦い記憶がまだ頭の隅に残っていて、その後、ロベルト・マンチーニ監督の元で結成された新生「アッズーリ」も若手の無名選手が多かったため、人々の期待はそれほど高くなかったと思う。ところがふと気がつけば、アッズーリはリーグ戦を楽々と勝ち抜き、国際大会の無敗記録を打ち立てていた。決勝トーナメントが始まった6月26日からは、テレビの前に陣取る人が試合ごとに増えていった。
 

 

国民の1/3にあたる2000万人以上がテレビで優勝の瞬間を見届けたことを伝える『La Gazzetta dello Sport』や『Corriere dello Sport』などのスポーツ紙。私もテレビに釘付けになった視聴者の一人。

 

■コロナ禍の痛みの記憶

 

 本来、この欧州選手権は去年行われるはずだった。しかし、去年のこの時期ヨーロッパはコロナ禍の真っ只中にあり、多くの熱狂的なサポーターが行き来するこのイベントは延期せざるをえなかった。だからこそ、1年半以上に及ぶ長く厳しい行動規制に耐えてきたヨーロッパの人々にとって、今回のEuro2020はひときわ感慨深い大会となった。
 ワクチン接種が進むにつれ感染状況が改善されてきたヨーロッパで、このイベントが持つ意味は大きかった。欧州サッカー連盟もそれは熟知していたはずで、今回の大会は欧州10カ国、11都市のスタジアムで試合を行うという異例のスケジュールを組んだ。各都市のスタジアムは収容人数を大幅に減らし、感染対策をとった上で主にその街の市民を中心に観客を入れた。試合のたびに感染対策をしながら移動しなければならない選手、受け入れ側のスタッフにとっては苦行に次ぐ苦行であったと思う。実際、連盟の代表は、「もう二度とこのようなスケジュールでは開催しない」とコメントを残している。
 イタリアでは6月末にほとんどの規制が解除となり、人々がマスクなしで外を歩ける開放感を思い出し始めた頃、決勝トーナメントを勝ち上がっていくアッズーリが脚光を浴び始めた。夜のローマの街を歩くと、あちこちの広場やレストラン、建物の壁一面にテレビの大スクリーンが設置され、食事を楽しみながらサッカーの試合に見入る人々の姿が見られた。その光景を目にして初めて、「ああ、やっと本当の日常が戻ってきた」と実感した。「ホワイトゾーン」、「規制解除」、「マスクなしでOK」という状況を頭では理解していても、外へ出ればまだ緊張感は残っている。去年の2月から始まったコロナ禍でとてつもない痛手を受けたイタリア人にとって、コロナ禍の痛みの記憶は骨の髄まで染み込んでいるもの。いくら状況が改善したとはいえ、あっさりと消去できるものではない。人々と街の隅々に染み付いたそんなコロナ禍の痛みの記憶を、一瞬とはいえ拭い去ってくれたのが、サッカー欧州選手権だったのだ。

 

規制解除が進み観光客も戻ってきたローマ旧市街では、大会期間中、毎晩テレビでサッカーの試合を見ながら食事を楽しむ人々の姿が見られた。
決勝トーナメントが始まってから、道端には国旗や応援グッズを売る露天が並び始めた。コロナ前は普通に見られた光景だが、1年半の空白を経た後では新鮮に映る。