文と写真・下川裕治 

 

■フリーパスで石垣島をまわる

 東運輸のバスターミナル。そこで東運輸が発行するフリーパスに出合った。とにかく安い。1日フリーパスが1000円、みちくさフリーパスという5日間のフリーパスが2000円。これから乗ろうとしている西回り一周線は、バスターミナルから乗車して、バスターミナルに戻ってくると1950円。まあ、そんな乗り方をする客はいないだろうが、1日フリーパスを買っただけで元がとれてしまうのだ。

 迷わず、みちくさフリーパスを買った。そして西回り一周線に乗った。

 乗客は6人ほどいた。バスは於茂登岳の山麓を走り、西海岸の川平に抜ける。川平公園前のバス停で全員が降り、乗客は僕らだけになった。すると川平郵便局前から小学生がひとり乗ってきた。

「石垣島にはバス通学の子もいるのか……」

 と眺めると、もう寝入っていた。よほど疲れているのか、爆睡である。体操着が入った袋が床に転がる。そこから約30分。乗る客も降りる客もいない運行が続き、下地のバス停で停まった。すると運転手は座席を離れ、眠る小学生を起こしはじめた。やっと起きた少年は降車口に向かって進み、その後ろから運転手が落ちた体操着袋を手に続く。毎日のことのようだった。島のバスだと頷いてしまう。

 バスターミナルを発車してから約1時間半で伊原間に着いた。

 僕にとってのはじめての沖縄が石垣島だった。35年も前の話だ。当時は就航していた台湾と石垣島を結ぶフェリーに乗って石垣島に着いた。旅仲間から、

「石垣島は伊原間がいい」

 といわれていた。僕は石垣港から伊原間に向かうバスに乗った。

 当時、伊原間には10軒ほどの家があった。民宿は1軒。そこに泊まり、毎日、浜でぼんやりしていた。周囲はサトウキビ畑だけだった。僕はそれまで、サトウキビというものを見たことがなかった。白い穂をつけたそれをススキだと思い、民宿のおじさんに笑われてしまった記憶がある。

 35年ぶりの伊原間だった。家がずいぶん増えた。もう町といってもいい風情である。何軒かの商店もある。売店すらなかった伊原間とは隔世の感がある。



 バスはそこで13分ほど停車し、島の東側を南下し、夕方の6時前にバスターミナルに戻った。2時間40分ほどのバス旅である。宮古島に比べると、石垣島の車窓風景は変化に富んでいる。時間を感じさせないバス旅だった。

 翌日は竹富島に渡ってバスに乗り、石垣島には午後に戻った。運行時間が合った吉原線に乗った。終点の吉原は島の西側にあり、前の日に乗った西回り一周線の一部のようにも映るのだが、途中、西回り一周線とは違うルートを走る。バス停にして6個ほどなのだが、乗りつぶすためには無視はできない。途中下車してこの区間だけを乗ることも考えてみたが、うまくはいかなかった。手にしているのは、みちくさフリーパスである。5日間は乗り放題だから、長い区間を乗っても懐は痛まない。

 バスターミナルに戻り、川平リゾート線に乗った。この路線は西海岸の高級リゾートホテルをつないでいる。ホテルサンシャイン、フサキリゾート、クラブメッド……とカタカナ名のバス停が多くなる。新型コロナウイルスの影響は深刻だろう。バスターミナルから乗り込んできた乗客は5人だけだった。この少なさもコロナ禍のためかとも思ったが、よく考えてみれば、高級リゾートに泊まる人が路線バスに乗るはずがなかった。