文・写真 サラーム海上

 

■ガイド付きエルサレム旧市街散歩

 2019年11月21日木曜、イスラエルの音楽アーティスト見本市「International Showcase Music Festival」(以下「ISMF」)は二日目を迎えた。この日の午前中は音楽からいったん離れて、毎回恒例のガイド付きエルサレム旧市街散歩からスタートだ。ISMF取材が4度目の僕はこの旧市街散歩も4度目。旧市街は案内されなくとも迷わずに歩けるのだが、キリスト教、ユダヤ教、イスラム教の聖地であるエルサレムの歴史はとてつもなく複雑で、見るべきものは無数にあるし、たとえ同じものを見たところで、ツアーガイドの視点や興味によって見え方が全く異なってくるので、今回もまた参加することにした。

 午前9時に約40名の参加者が大型バスに乗り込むと、女性ガイドのカレンが自己紹介の後に、こう言った。

「今日はたった4時間の散歩の間に、4千年のこの町の歴史を出来るだけ端折って皆さんに伝えます。エルサレムは歴史のラザーニャ(多層状態)です。皆さんには出来るだけたくさん、その複雑さを知ってもらいたいし、同時に混乱してもらいたいのです」

 

ISMF恒例のガイド付きエルサレム旧市街散歩。手前がガイドのカレン
カレン曰く「エルサレムは歴史のラザーニャ」。参加者一人ひとりを過去にエルサレムを支配した民族に例えて、その手を重ね合わせることで、エルサレムの多層状態を想像させる

 

 旧市街を囲む城壁の南側にあるシオン門の近くでバスを降り、カレンに先導され、ダビデ王廟と最後の晩餐の部屋(キリストが磔刑直前に弟子たちにワインを振る舞った部屋の跡地と推定される場所を12世紀に十字軍が復元した)を観てから、城壁内南西部を占めるアルメニア人地区を歩いた。

 そして、ユダヤ教の聖地である嘆きの壁で願掛けをした後、高台のユダヤ人地区へと登り、古代ローマ時代の繁華街大通りの遺跡カルドを北上すると、キリストが十字架を背負って歩いた道のヴィア・ドロローサに出た。狭い石畳の道には世界中から集まったキリスト教巡礼者たちが溢れていた。

 

旧市街の道端の屋台で売られていた直径10cmほどの巨大ファラフェル
嘆きの壁と左奥に岩のドーム

 

 ヴィア・ドロローサからはイスラム教地区のスークへと繋がる。スークは元々は生鮮食品や日常品の屋台が定期的に並ぶ市場を意味していたが、人口の多い都市では恒久化された場所となり、モロッコのフェズやエジプトのカイロ、そしてエルサレムの大都市では迷路のような旧市街の一部に固定化された商店街となった。

 エルサレム旧市街のスークはアラブ人=パレスチナ人向けの食品店や日用品店とが並び、観光客と地元の買い物客が入り混じり、常に混み合っていた。スークの一角にある人気のない階段を上ると、屋上は見晴らしが良く、イスラム教の聖地である岩のドームが正面に見渡せた。スークの建物はちょうど長屋のように、どこまでも一つに繋がっているため、屋上は旧市街をショートカット出来る道になっていたのだ。階下と異なり、観光客も買い物客もいないので、近隣の住民の憩いの場所にもなっているようだ。

 

イスラム教地区の市場通りスーク