■スナックを改装したモスク

 駐車場に停めてあったトラックに、僕も同乗させてもらう。店から5分ほど走り、小さなアパートが建てこむ住宅街の中に、三角屋根の建物が現れた。看板には「MASJID AL-IKHLAS KANDATSU」のアルファベットと、その下にアラビア文字。地方ではモスクといってもアパートの一室ということもよくあるのだが、なかなかに立派で大きいのである。

 靴を脱いで中にお邪魔させていただくと、絨毯敷きの広々とした空間、メッカの方角を示すアーチ型の壁のくぼみ(ミフラーブというらしい)と、なるほどモスクだ。だがフト見上げてみるとなんだか不釣り合いな感じのシャンデリアがぶら下がっている。

「もともとスナックなんだけどね」

 とニッキさんが苦笑する。閉業したスナックを居抜きで買い取り、簡単な内装工事をしてそのまま利用しているのだそうだ。

 そんな神立モスクの絨毯にふたりでドッコイショと座り込んだ。モスクは世界遺産級の荘厳なところでも、日本の田舎の片隅にある小さなものでも、どこかゆったり静かな空気に包まれているので、イスラム教徒ではない僕としても心落ち着く。

 

シャンデリアはスナック時代のもの。欲と酒にまみれた空間をモスクに転用することについては、ハラル的に「まあ大丈夫」とのこと

 

■工場地帯に集まってくる外国人労働者

「この町には日立関連の工場がたくさんあって、そこで働く外国人がどんどん増えているんです」

 とニッキさんは言う。彼自身もやはり工場勤めだ。このご時世でも神立近辺には、日立をはじめとして雇用を生む工場群がいくつもあるのだそうだ。もちろんいまはコロナ禍のため日本に新規で入ってくることができる外国人はオリンピック関係者くらいのものなのだが、すでに日本に住み働いている外国人が、神立に移住してくる動きがあるのだという。雇用の多さと、時給の良さがその理由だ。

「ネットの求人を見て、ほかの地方からこっちに引っ越してくる外国人がけっこういる。私も広島から来たし」

 とくに多いのはインドネシア人で、ほかにもベトナム人、フィリピン人、ブラジル人、ペルー人とさまざまだ。技能実習生もいれば、日本人と結婚していて就労できる人、やはり就労資格のある日系人もいるという。

 北関東ではこうして工場地帯のまわりに外国人コミュニティが形成されていく。それに農村も技能実習生の働く場所となってきている。労働者が増えれば食材店やレストランが現れ、モスクや教会ができたりもする。そして日本の寂れてしまったシャッター街の中にそんな店や施設がぽつりと入居し、街の景色を少しずつ変えていく。日本のある種の縮図は、北関東にあるように思う。

 

神立にはタイの食材店やレストランも多かった。茨城も人種混在が進む