文と写真・田島麻美

 

 トスカーナ州の内陸側、ウンブリアとの州境にAnghiari(アンギアーリ)という小さな中世の村がある。夏休みも本格的になってきた8月の初め、この付近に滞在している友人から、「今度の週末、近所の農家の人たちが主催するイベントがあるから参加しない?」というお誘いを受けた。アンギアーリは何度も訪れた馴染みの村で、顔見知りの住民もたくさんいる。のどかな田園に囲まれた村はかつては過疎化が心配されていたらしいが、ここ数年、村おこしを目的に住民たちが一丸となってさまざまなイベントを企画・運営するようになり、イタリアや欧州各地から観光客が押し寄せるようになった。年間を通じて開催されるイベントや祭りは地域の歴史や伝統行事をベースにしたものが多く、イタリアの地方文化を体験できる貴重な機会として人気を集めている。
 8月5・6日の両日は、村に隣接したMotina(モティナ)という集落の農民たちが主催するイベントがあるという。のどかなトスカーナの田園で繰り広げられる農民たちのお祭りとは一体どんなものなのか? 興味をそそられたので早速出向いてみることにした。

  

「イタリアの最も美しい村」の一つ、中世の村アンギアーリ

 広大な農地に囲まれた小高い丘の上にある人口6千人足らずのアンギアーリは、有名な壁画『アンギアーリの戦い』によってその名が知られている。村の城壁の上からは美しい田園風景のパノラマが一望でき、歴史的に貴重な遺産や景観を有している小さな地方都市や集落によって構成される団体「イタリアの最も美しい村」の一つに登録されている。これといった観光スポットはないが、穏やかな時間が流れる小さな村では観光地とは一味も二味も違うイタリアの素朴な顔を垣間見ることができる。
中世時代の街並みが残る村の周辺にはモティナをはじめとする小さな集落がいくつかあり、40〜50の農家が「トスカーノ」の名称で知られるイタリア葉巻の材料となるタバコを栽培している。地域の農家の歴史と伝統、そして技術を守り次世代に受け継いでいきたいという農家の人々の発案により、70〜60年前のこの地域の農民の暮らしを忠実に再現した祭り『La Battitura sull’Aia(ラ・バッティトゥーラ・スッライア=農場の脱穀作業)』が昨年から開催されるようになった。
イベントの期間は農民の暮らしが70年前にタイムスリップし、第二次大戦直後までこの地域で栽培されていた小麦の脱穀作業(=バッティトゥーラ)を、当時の農耕具を使って行うという。二日間に渡って開催されると聞いてはいたがプログラムの詳細は分からず、「二日間も脱穀作業を見るのか?」と思った私は正直言ってあまり期待していなかった。ところが行ってみると、予想をはるかに上回る楽しい体験が待ち受けていた。

 

年間を通じて様々なイベントが開催される丘の上の中世の村・アンギアーリ(上)。7・8月は特に多彩なプログラムが揃い、毎週水曜の音楽祭は小さな村がぎゅうぎゅう詰めになるほどの盛況ぶり。村の城壁の上から見晴らす周囲ののどかな田園風景(下)

 

中世の街の広場を埋め尽くす年代物のトラクター

   祭りの初日の土曜日、開始時間の10時より少し前に会場となっているバルダッチョ広場へ到着し、バールでカフェを飲みながらオープニングを待った。いい場所を確保しようと早めに行ったのだが、30分前になっても広場は閑散としていて人影もまばら。不安になった私は、「ねぇ、本当にこの場所でいいの? 何か始まるようにはとても見えないのどかさなんだけど」と友人に尋ねた。彼女も不安になったらしく、バールの店主に確認してみると、「待ってればそのうち始まるよ。パレードがあるはずだから」と呑気な返事が返ってきた。
10時を少し回った頃、どこからともなく「ドッ、ドッ、ドー!」という轟音が響いてきた。間もなく、グラムシ大通りから石の門を潜って姿を現したのは、なんと年代物のトラクターの数々。
ディーゼルだからか、煙を吐き出しながら爆音を轟かせて走るトラクターは全部で10台ほどあり、どれもこれも年季の入った風貌をしている。クラシック・トラクターはモティナの農家の一族が代々受け継いで保管しているものらしく、運転する一族の若者たちがとても誇らし気な表情をしている。次いで現れたのは四頭の巨大な白い雄牛と牛車。牛はトスカーナ地方を代表するキアーナ牛という品種で、フィレンツェの名物料理「ビステッカ・アッラ・フィオレンティーナ」はこのキアーナ牛の肉が使われている。体高が2mにも及ぶ巨大牛に従うように、ロバを連れた修道僧や70年前の農耕具を携えた農民たちが続々と広場に入ってきた。

 

約60年前に実際の農作業に使われていた年代物のクラシック・トラクターの数々。農家が代々受け継いで保管している(上)。キアーナ牛やロバなどの動物たちもパレード。農民たちはそれぞれ年季の入った農耕具を携え、帽子やスカーフも古き良き時代を演出している(下)