文と写真/田島麻美

 

 夏のヴァカンス・シーズンがやってきた。海が大好きなローマっ子が待ち望んでいた季節の到来だ。長いヴァカンスへ行く人はもちろん、平日はオフィスで仕事をしている人たちも週末になるとこぞって海へ繰り出すので、夏のローマは街中がとても静かになる。反対に、オスティアやフィウミチーノ、フレジェーネ、アンツィオといったローマ近郊のビーチは7・8月は大混雑する。太陽さえ出ていれば、休日でも早朝に起き出していそいそと車を飛ばして海へ駆けつける人が大勢いるのだが、そんな海好きのローマっ子達が目を輝かせて語る美しいビーチがある。

 スペルロンガはローマとナポリの中間に位置する地中海沿いのビーチで、ローマからは車・鉄道&バスで約2時間の距離にある。断崖の上には「イタリアで最も美しい7つの村」に選ばれた旧市街があり、ビーチの先には古代ローマ皇帝ティベリウスの別荘跡の遺跡も残っている興味深い街だ。夏の一日、美しい海と村、古代遺跡を訪ねてスペルロンガまで足を伸ばした。

 

洞窟の中に作られたヴァカンス用の宮殿

 スペルロンガに着いて真っ先に向かったのは、旧市街から1kmほど離れた海辺にある国立考古学博物館。古代遺跡「ティベリウス帝の別荘」はこの博物館の一部となっているとチケット売り場のおばさんが言っていたので、入場料5ユーロを払って敷地内へ。まず館内へ足を運ぶと、明るい自然光が差し込む小さなフロアに古代ギリシャ風の大理石像が無造作に置かれていた。説明書きには「これらの巨大な石像群は海辺の洞窟の中に飾られていた」とある。帝政ローマ時代の著名な二人の歴史家タキトゥス、ガイウス・エストニウスが書き残した書物の中に、今から約2000年前の紀元29年、ティベリウス帝が「スペルンカ(洞窟の館)」で饗宴を催していた時に落盤が起こり使用人らが犠牲になった、と記されているその洞窟である。さすがはローマ帝国の皇帝、こんな巨大な像を洞窟内に飾るという発想に驚いた私は、洞窟見学がますます楽しみになってきた。博物館を出て『Grotta(洞窟)』の矢印の方向へ歩き出すと、広大な自然公園が現れた。真っ青な水平線を背景に、小鳥のさえずりを聞きながら色とりどりの植物やオリーヴの木の間をゆったり散歩。爽やかな潮風がとても心地いい。海辺に向かって降りていくと、小さな村が丸ごと収まるくらいの敷地がそっくり遺跡になっているのが見えた。これが全部、別荘だとは。凡人には理解しがたいスケールである。ポンペイの街の一角を歩いているような錯覚を覚えつつ、古代ローマの別荘跡を散策。古代の歴史書にも記されている洞窟は、海辺のビーチ沿いにあった、というより、海の一部を切り取って館に仕上げた、という雰囲気だ。この広い洞窟内を先の大理石像で飾り、中央にはテーブルを置いて盛大な宴が繰り広げられた。さらに周囲には、その場で釣ってすぐに調理できるよう魚を放し飼いにした生け簀があったり、洞窟から10歩でたどり着けるプライベート・ビーチまで完備されているなど、至れり尽くせりの施設が整っている。これが2000年も前に作られたものだとは、今更ながら古代ローマ人の発想力に感服させられた。歴史書によると、この洞窟の別荘はティベリウス帝が「安らぎとリフレッシュの場」として長い間望んでいた夢を形にしたものであったようだ。

 

考古学博物館に展示されている巨大彫像群。右の単体が洞窟内にあったオリジナル、左の群像はレプリカ(上)。11ヘクタールの広大な敷地内は自然公園と遺跡、ビーチを含んでいる。真っ青な海を眺めながら爽快な散歩が楽しめる(下)。

 

洞窟の周囲は生け簀になっていて、今も魚がたくさん泳いでいる(上)。透明な海水が反射する洞窟内。ここがティベリウス帝の「宮殿」だった(中)。洞窟内から眺めるスペルロンガの旧市街(下)。