文と写真・田島麻美

 


 イタリア人が一年で最も楽しみにしている夏のバカンス・シーズンがやってきた。例年なら春のうちに夏のバカンス計画を立てるのが当たり前だが、今年は新型コロナウイルスの影響でギリギリまでバカンスの計画を立てられない、という人がほとんどだった。感染の拡大状況を慎重に見つつどこに行くかを熟考している人や、経済的な打撃を被ったために旅行は断念して地元でバカンスする、という人もたくさんいる。一方で、バカンス地選びやバカンスの仕方にも大きな変化があった。大半のイタリア人にとっては「夏のバカンス=美しいビーチ」というのが定番だが、多くの人が密集する海やビーチを回避しようという人が増え、反対に山や自然に囲まれた田舎の小さな村、キャンプや貸し切りコテージなどに人気が集中。人混みを避けて家族や親しい仲間だけで自然の中で過ごすバカンス・スタイルがこの夏の主流となっている。
 毎年夏はアルプスの山に行くのが恒例の私も、今年はバカンスに行けるかどうか最後まで確信が持てなかった。ウイルスの感染者が増える一方だった4月の時点で、「あと2〜3ヶ月すればきっと落ち着くはずだ」と希望を抱きながら一か八かで宿を押さえておいた。幸いなことに目的地のヴァッレ・ダオスタ州は夏に向かうに連れ新規感染者ゼロの日が続き、心配していたホテル、B&Bからも「営業再開しました!お待ちしています!」という確認の知らせが届いた。コロナ禍で冷え込んだ観光業を応援するためにも大好きな山の村を励ましに行こうと決め、ユーロスターに乗り込んだ。コロナ禍におけるイタリアの夏のバカンスの顛末を、二回にわたってご紹介する。「ブーツの国の街角で」vol.84 (2020.08.27)

 

ユーロスターの感染防止策に驚く

 バカンス・シーズンが始まった7月下旬、ローマ発ユーロスターでトリノを目指した。昨年までは列車やバスの切符は直前でも買うことができたのだが、今夏は政府の感染防止対策により全ての交通機関は乗車率50%にすることが決められていたため、移動に必要なチケットの手配は1ヶ月以上前に「事前予約」で済ませていた。実は7月に入ってからこの政策にちょっとした変更があり、それが後に大混乱を来すことになったのだが、そんなことはちっとも知らなかった私と相棒は、マスクと消毒ジェルを大量に詰め込んだリュックを背負っていそいそと駅に向かった。
 テルミニ駅ではホームに入る際、一人ずつ予約チケットの確認と検温が行われた。無事にゲートを通過し、ホームに貼られた対人距離マークの丸いシールの上に立ってユーロスターの到着を待った。列車が入ってくると、客の動きが一方通行になるように「乗車口」と「降車口」が車両ごとに分かれていたことを知った。降車口の前に立っていた我々は慌てて後方車両の乗車口に走ることになったが、これまで押し合いへし合いしながら乗り込んでいたのに比べると、乗客同士の混乱もなくスムーズに乗車できた。いつもは横並びの2人がけの席だが、乗車率50%の列車では二人連れは4人がけのボックス席に斜めに向かい合って座るようになっている。ゆったり足を伸ばせるだけでなく、荷物は「着席不可」となっている隣のシートに置けるので広々としてとても快適だ。発車すると間もなく、マスクに手袋姿のアテンダントが乗客一人ひとりに『Welcome on Board』と書かれた袋を配ってくれた。一等車両では乗車するとお菓子や飲み物のサービスがあるが、さては乗客が少ないので二等車両でもサービスしてくれるようになったのか、と思いながら袋を開けて驚いた。中身はなんとコロナ対策用のマスク、ジェル、使い捨てヘッドシートに水と紙コップだった。「トレニタリアもなかなかやるじゃん」と感心した私だが、その後、さらに驚くような光景を目にすることになった。客との接触を注意深く避けてチケットを確認し、一人一人の乗客のマスク着用を車掌がチェックして過ぎた後、今度は消毒係らしき男性が現れ、ドアの開閉ボタンからシートの取っ手や肘掛けなど、あらゆる場所を徹底的に拭き取って行った。ローマからトリノまで5時間弱の列車の旅の間中、私はこの消毒係の男性を少なくとも5回は見かけた。彼はそれくらい頻繁に、列車の1号車から16号車まで全ての車両のドアやシート、トイレを消毒液で何度も拭いて回っていたのである。車内アナウンスでは感染予防にマスクを必ず着けること、4時間ごとにマスクを換えることなど細かい決まりをひっきりなしに流し、「トレニタリアは乗客の皆様に安全な旅をお約束します」と誇らしげに締め括っていたが、ここまで徹底しているとは予想していなかった。お陰で不安を感じることもなく、快適な列車の旅を楽しむことができた。

 

座席との境にプラスチックボードが付けられ、隣と前後に一人づつ間隔を空けて座るようになっていたユーロスターの車内(上)。乗客全員に配られた「ヘルス&セーフティ・キット」(中)。トリノの駅構内も「ソーシャル・ディスタンス」が徹底されていた(下)。