文と写真/田島麻美

 

 夏のバカンス後半は、モンテ・ローザからモンテ・チェルヴィーノ(マッターホルン)へ移動。マッターホルンのイタリア側の拠点といえばチェルヴィニアが特に有名で、去年初めてチェルヴィーノに行った時は私もこの街にベースを置いたのだが、国際色豊かでモダンなチェルヴィニアの街は、静かで素朴な山の村を愛する私にはちょっと場違いな感じがしていた。そこで、昨夏チェルヴィーノ周辺の村をいくつか偵察した中でとても気に入ったヴァルトゥルナンシュ村に今年は滞在することにした。ヴァルトゥルナンシュもチェルヴィニア同様、周囲に多数のゲレンデや登山道を擁するマウンテン・スポーツのメッカだが、渓谷の谷間にある小さな村は穏やかでのんびりしたアルプスの雰囲気に満ちていて、喧騒を逃れて自然の中で寛ぎたい私には理想的な滞在先だった。マッターホルンを望む小さな村の滞在記をご紹介しよう。
「ブーツの国の街角で」vol.85 (2020.09.10)

 

移動手段の確保が必須事項に

    モンテ・ローザで爽快な空気をたっぷり吸収した後、次なる名山マッターホルンを目指した。モンテ・ローザの麓シャンポリュックがあるアヤス渓谷とマッターホルンの麓トゥルナンシュ渓谷の位置を地図で見ると、ちょうどV字型になっていて、二つの渓谷は高い山脈で隔たっている。距離的にはそれほど遠くないのだが、いかんせんこの2つの渓谷を結ぶバスの乗り継ぎが不便で、3つのバスを細切れに乗り継がなければいけない上、どの停留所でも1時間前後の待ち時間がある。今年はアオスタ州のバスが無料になったと知って、時間をかけてのんびり移動するのも悪くないと思ったのだが、一つ大きな問題を見逃していた。州バスも乗車率50%の義務付けがあったのだ。1時間半も待ったバスに乗れなかったら、日陰もない炎天下の停留所でさらに1時間以上待ちぼうけを喰らうことになる。移動日は週末ではなかったが、既にバカンス・シーズンのピークに入っていてバスが満員という可能性も否定できない。どうしようか迷ってツーリスト・インフォメーションのお姉さんに助言を求めると、「2つの渓谷を往復する乗合タクシーがある」と教えてくれた。通常は6人乗りで一人25€の一律料金だそうだが、コロナ禍の影響でタクシーも最大3名までに限定されているので早めの予約が必須、と言われた。早速電話してみると我々以外に予約者はおらず、1台貸し切りで75€とのことだった。無料か75€か。ギリギリまで悩んだが、下手をすると貴重なバカンスの1日を移動で潰してしまう無料バスよりも75€で1日の時間を買う方が良い、という結論に達した。移動日当日、予約時間ピッタリに来た乗合タクシーは座席のドア口に消毒ジェルのボトルを備え、シートも一人置きに座るようになっていた。広々した車内でゆったり寛ぎながら車窓の景色を楽しむうち、気がつけばヴァルトゥルナンシュの宿に到着していた。乗り継ぎの待ち時間がなければたった1時間ちょっとで着ける距離なのだ。暑さも荷物もウイルス感染も心配せずにラクラク移動でき、着いたらすぐにハイキングに出かけられる。75€はちっとも惜しくない金額だ。コロナ禍の影響がなければ恐らく乗合タクシーの存在を知ることはなかっただろうが、これはとても嬉しい発見だった。

  

今回初めて利用した乗合タクシーの車内も感染防止対策がきちんとなされていた(上)。マッターホルンの麓に広がるトゥルナンシェ渓谷の中心となるヴァルトゥルナンシュの村(下)。