驚くほど改善したというアルプスの自然環境

 ヴァルトゥルナンシュでは家族経営の小さなB&Bに宿を取った。1週間の滞在中、奥さんやご主人とおしゃべりをする機会がたくさんあったが、話題の中心はやはり「新型コロナウイルス」だった。ヴァッレ・ダオスタ州は大自然に囲まれた人口密度イタリア最小の州で、新型コロナウイルスに関しても感染者・犠牲者数が飛び抜けて少ない。とはいえ、イタリア全土がロックダウンに入った期間は同州も同じように規制が敷かれていたので、彼らも不自由な生活をしていたことに変わりはない。私が州内の各地で徹底して実践されている感染防止策に感心すると、宿のご主人は「イタリア側は、だけどね」と少し渋い顔をした。どういうことかと尋ねると、「チェルヴィーノの向こう側のツェルマット(スイス)とこちら側で、ちょっとした揉め事があったんだ」と言った。イタリアが心痛の極みにあったロックダウン中とその後の段階的解除の期間、マッターホルンの向こうのスイス側は「コロナなどどこ吹く風」といった姿勢でゲレンデやホテル、パブやディスコが声高に「こっちに来れば楽しめるぞ!」と呼び込みをしたのだとか。解除後もイタリア国内では感染拡大防止に必死になっていたが、山の向こうとの意識の差が激しく、マッターホルンを挟んだ両国の村の間でちょっとした問題になった、とのことだった。平時なら、身一つで国境を越えられるというのはとても魅力的なことなのだが、こうした事態になると国境が近いエリアならではの苦労もいろいろあるということを初めて知った。その一方で、ロックダウン期間がもたらした予想外の恵みもあった、とご主人は言った。

 

「コロナと温暖化に関係があるのかどうかは知らないけど、今年の春は雪がたくさん降って山のコンディションは最高だった。とにかく素晴らしい雪景色で、雪が溶けてからも、澄んだ空気に包まれた山の景色は近年まれに見る美しさだった。野生動物もたくさんいて、草木も花も生き生きとしてて。スキー客があの最高のゲレンデを滑れなかったのは残念だけど、山の自然環境は間違いなく改善したよ」

 

 ご主人の話を聞いた翌日、去年も行ったマッターホルンの湖を巡る高地登山道へ足を運んだが、確かに去年より遥かに多くの残雪が見られた。スモッグが減ったせいか、周囲の高い山脈も遠方にあるグラン・パラディーゾの頂上も、去年よりずっとくっきり見える。ローマの自宅では想像もできなかったコロナ禍のアルプスの苦労と恩恵、両方の顔を垣間見た気がした。

 

去夏も歩いたマッターホルンとモンテ・ローザを結ぶアルタヴィア(高地登山道)を歩き、チーメ・ビアンケの湖群を目指す(上)。去年はむき出しだった岩肌は残雪に覆われ、空気も段違いに澄んでいた(中上)。人工湖の向こうにはグラン・パラディーゾの頂上もくっきり見える(中下)。去年見た2つの湖だが、実は3つ目の湖もあったことを知った。去年は水不足のため3つ目の湖はほとんど干上がっていたようだ(下)。