ウイルスと共生していくために不可欠なこと

 間もなく発表される公式な首相声明を待つまでもなく、封鎖解除後のイタリア社会には様々な変革がもたらされることがわかっている。感染者がゼロになったとしてもウイルスは私たちの周りに存在し続けるのだから、ワクチンが開発されて行き渡るまでの間、ウイルスといかに賢く共生していくかを考えて行動することが最優先課題となる。手洗い、うがい、公共施設での消毒は変わらず頻繁に行われ、マスク着用は義務付けになる。店舗内はもちろんのこと、路上や広場でも1〜1.5mのソーシャル・ディスタンスを維持することもルールとして引き継がれる。空港や鉄道駅構内ではウイルスチェックが実施され、地下鉄や電車、バスなどの車内のシートは1列につき1席のみ使用でき、乗客同士の距離の確保も常に気を配るよう勧告されている。私が一番寂しく感じているのは、ローマの風物詩でもあるトラットリアやバール、映画館やイベント会場の賑やかな人混みの光景が見られなくなることだが、大勢の見知らぬ人同士が集まる場所は感染の危険性が最も高い場所でもあるため、ワクチンが開発されるまではバールのカウンターでカフェを飲むこともできなくなってしまった。2月までは当たり前だったローマ旧市街の人混みが、もはや別世界の光景のように思える日は、すぐこそまでやってきている。

 

小売の商店の入り口には「店内では1mの距離を保ってください」という貼り紙。店舗の面積にもよるが、大概の小売店では店内に入れる客は常に一人と決められている。このルールをを遵守していない店は即刻営業停止となる。

 

 さらに、先日の国会で議論の焦点となっていた感染者の接近を知らせるスマホ用アプリ『App Immuni(免疫アプリ)』の実用化もどうやら任意で導入されそうだ。このアプリは、人混みでウイルス陽性者に接近した場合に自分のスマホに警告メッセージが届くというもので、警告を受けた人がウイルス検査をすぐに受けられるようにという目的で開発された。ウイルス感染の早期発見、拡大防止、無自覚症状の感染者を減らすことに効果があると期待されているが、プライバシー侵害などの問題もあるため、使用はあくまでも任意である。
 テロや犯罪防止のため欧米人には敬遠されていたマスクも、着用の義務化が浸透するにつれ多様性が見られるようになってきた。その一つが透明マスク。これはプーリア州で縫製工場を経営する女性が聴覚障害者向けに開発したマスクで、唇の部分が透明なため、コミュニケーションに不可欠な口の動きを読むことができる。開発者のイレーネ・コッポラさんは既に1万枚以上のマスクを作って各施設に寄付、今も毎日400枚のマスクを縫い続けている。彼女の例に限らず、マスク着用の期間が長引くにつれ、さらにファッション性や機能性を追求したマスクが登場することが予想されている。

 

プーリア州で透明マスクを開発・製作し、施設に寄付しているイレーネ・コッポラさん。(出典 : Il Fatto Quitidiano https://www.ilfattoquotidiano.it/2020/04/10/coronavirus-stilista-pugliese-realizza-e-dona-mascherine-per-sordomuti-hanno-una-parte-trasparente-per-comunicare-con-il-labiale/5766790/ )

 

 西欧諸国の中で一番最初にして最大のウイルス被害を受けたイタリアは、長く辛い封鎖生活から少しずつ抜け出し、今度は未知の日常へ踏み出そうとしている。今日現在、世界中で既に260万人以上の感染者が確認されており、その数は今も増え続けている。このウイルスが去った後、世界はどうなってしまうのだろう。各地で続くロックダウンが解除された直後、次に襲ってくる世界的な経済危機をどうやって乗り越えればいいのか。家でパソコンの画面ばかり見ていると、ついつい不安や焦りに支配されそうになる。そんな時は、先日スーパーの行列で出会ったおばあちゃんの言葉を思い出すようにしている。ウイルスを恐れる様子もなく馴染みの小さなスーパーで列に並んでいた高齢のおばあちゃん二人は、きちんとマスクを付け、1mの距離を保っておしゃべりに興じていた。いつの間にか世間話に引きずり込まれ、長引く隔離生活に思わず愚痴を漏らした私に、おばあちゃん二人はケラケラ笑いながらこう言った。「第二次世界大戦の時と同じよ。でも、今回は爆弾が降ってくるわけじゃない。家で好きなことして美味しいもの食べていればいいんだから、こんなに楽なことはないでしょ?」。このおばあちゃん達は、戦中戦後の過酷な時代もきっとこうやってケラケラ笑いながら生き抜いてきたんだろう。おばあちゃん達のたくましい笑顔は、今日も私を支え続けてくれている。