営業形態は変わっても、変わらない美味しさに救われた

  QRコードで読み取ったメニューに加え、ウェイターが歌うように読み上げてくれた「本日のスペシャルメニュー」を頭の中で想像しながら悩みに悩んだ末、今が旬の「そら豆とペコリーノ・チーズのパスタ」と大好物の子羊のグリル「アバッキオ・スコッタ・ディート」、そしてシェフが私たちのために特別に用意してくれていた「季節のフルーツのタルト」を注文した。料理を待つ間、スタッフやシェフとこの間のお互いの体験について語り合い、久しぶりのおしゃべりを楽しむ。彼らの店は旧市街のど真ん中にあり、観光客がいなければ営業しても赤字になってしまうということでこれまでデリバリーなどはしてこなかったそうだが、店内で客を受け入れられるようになった今、営業形態も変えざるを得なくなったという。店に入れる客の数が半数以下になった分、テイクアウトやデリバリーで少しでも利益を上げなければならないからだ。これまでは土曜の夜と日曜は定休だったがそれも返上。月曜から土曜までフル回転で客を受け入れ、デリバリーは日曜日も受け付けるという。ツーリストであれローマ市民であれ、とにかく旧市街のど真ん中まで足を運んでもらわなければならない彼らのようなレストランにとって、デリバリーは唯一の解決策。これまでは味と品質の保持を気にしてデリバリーもテイクアウトも一切受け付けなかったのだが、慎重に吟味を重ねて数あるデリバリー会社からようやく納得できる一社と提携し、ローマ市内ならどこへでも店の料理を届けられる体制を作った、と言った。ローマの歴史とともに生きてきた名店の数々が存続の危機に瀕している今、私たち客が唯一できる支援は、「料理を食べること」。というわけで、遠慮なく食べたい物を食べたいだけ注文し、ついでに家でリモートワークに苦しんでいる相棒のためのテイクアウトも頼んだ。

 

この季節にしか味わえないそら豆とペコリーノ・ロマーノ、パンチェッタのタリアテッレ。手打ちパスタのどっしりした歯応えに塩味と風味、甘味が絶妙な美味しさ(上)。ローマ料理の代表・子羊のグリル「アバッキオ・スコッタ・ディート」。これを食べたいが故にここまで足を運んだと言っても過言ではない(下)。


 

 3ヶ月間、夢に見続けてきた絶品料理が運ばれてきた時は嬉しくて涙が出そうになった。そら豆とペコリーノ、パンチェッタのタリアテッレはカリッカリのパンチェッタの塩味とペコリーノのまろやかな風味にほんのり甘いそら豆が絶妙なハーモニーを奏で、極上の旬の味を楽しませてくれた。私が20年以上も愛し続けている大好物の子羊のローストは記憶にある以上の美味しさで、食べ終わった後に思わず指をしゃぶってしまった。ところで、この子羊を食べ終わった直後、オーダーしていないカルチョーフィ(アーティチョーク)が運ばれてきた。「頼んでないよ」と言うと、「隣のシニョーレからの贈り物だ」と言われた。実は料理を待つ間、料理業界の人らしき隣のテーブルの見知らぬ男性二人とおしゃべりが弾んだ。男性の一人が「今まで食べたことがないような絶品カルチョーフィ・ロマーノ(ローマ産のアーティチョーク)」について熱弁をふるってくれたので、私は遠い目をして「いつか食べてみたいなぁ」と呟いたのだが、どうやらその幻のカルチョーフィ・ロマーノを差し入れしてくれたらしい。サプライズに大喜びし、ありがたくいただいたカルチョーフィは彼が言ったとおり「これまで食べたことがない美味しさ」だった。なんでもローマ近郊の農家が丹精込めて作っている逸品らしく、火を入れてもしっかり残る歯応え、苦味が少ないまろやかな風味がたまらなく、クセになるような美味しさだった。締めくくりはシェフの特別メニュー・季節のフルーツのタルトでまさに天国に登るような幸せな気分を味わった。

 

隣のテーブルのおっさんが差し入れしてくれた「今まで食べたことがないような絶品カルチョーフィ」。彼の言葉が真実であったことは私が証明する(上)。洋梨とダークチェリー、ブルーベリーのタルト。甘い物が苦手な私にも天国の気分を味わせてくれた(下)。

 

 移動制限は解除されたが、ウイルスはまだそこにある。私たちは感染のリスクを頭にたたき込んだ上で新しい生活習慣を受け入れ、一人一人ができる限り、停止していた経済活動を再開させるための支援を続けていくことが必要になってきている。苦境の中でもあの手この手で難関をくぐり抜け、敢然と再開に乗り出した友の店を後にしながら、変化の中にあっても変わらない味があること、その味と店を愛してやまない人たちがいることの嬉しさと幸せを噛みしめた。