文/ステファン・ダントン 

 

■おちゃらか第3章のスタート

 

 2020年夏、東京はオリンピックでわいているはずだった。

 大勢の観光客が東京中を歩いて回り、今の日本と日本文化を発見し、それを土産に家族のもとに帰っていく。そんな様子を思い描いていた。

 私が吉祥寺を離れ、2014年に日本橋のCOREDO室町に「おちゃらか」を移転したのは、訪日外国人のアクセスがより便利になると考えたからだった。

 

 オリンピックの夏、大勢の外国人がおちゃらかに足を運ぶ。日本茶にファーストコンタクトする外国人にも親しめるよう、私が長年かけて開発したフレーバー日本茶を楽しむ様子を思い描いていた。

 そしてオリンピックが終わる秋には商業ビルのCOREDO室町を出て、新たに路面店をオープンする計画を立てていた。本のまち神田にしようか、下町情緒の残る人形町にしようか悩むのも楽しかった。

 

■2020年の春は寒かった

 

 ところが、2020年の正月が明けてしばらくすると、中国で感染症が流行っているらしいというニュースが伝わってきた。例年は中国からの観光客でいっぱいになる春節シーズンも、明らかに中国人客が少なかった。

 それまで症例の報告も少なく「日本ではそんなに大事にはならないだろう、なってほしくない」と考えていたが、2月には日本でも感染症が流行し始めた。

 

 感染症対策としてCOREDO室町の時間短縮営業が始まったのが2月末。3月末からは週末の営業自粛。4月の緊急事態宣言を受けての全面休館。売り上げはどんどん下がっていくが、固定費はかかる。「おちゃらか」だけじゃない。日本中が新型コロナウイルスの流行に翻弄されていた。

「おちゃらか」では来店できないお客さまがオンラインショップを利用してくれたのが救いになったものの、店舗での売り上げは当然ゼロ。営業のもうひとつの中心、レストランやホテルへの卸しも大きく落ち込んだ。それでも従業員の給料、店舗家賃、仕入れ、さまざまな支払いを工面しなければならない。

 当初は情報も少ない中、行政から支援を得られる方法がないかと区役所に日参した。そのうち持続化給付金をはじめ、さまざまな補助が受けられることを知り、会社を存続するためにあらゆる方法を使った。負けられなかった。

 

2019年夏 COREDO室町店にて