2015年、インドのムンバイのダラヴィ地区のスラム街を訪れた。映画『スラムドッグ$ミリオネア』の舞台として世界的に有名になり観光客も訪れるようになった。対外的な影響力を考慮した政府は率先して開発するようになったという。

 開発があれば人が集まる。人がいるところの飲食店は流行るものだ。メイン通りに沿って並ぶ食堂の一軒に入ろうと思ったところ、真向かいにカゴに入れられた鶏が積まれていた。目を引いたのは鶏がいたことではなく、そのカゴの横で次々に鶏が捌かれていたからだ。職人は手慣れた感じで次々と切り分けていく。別にどうということもないが、鶏と解体の距離感が近すぎることに「インドっぽいな」と妙に関心した。

 軽くインドを体感できたところで先程の食堂へ。軒先で「人気あるのはどれですか?」と声をかけると、店の人だけでなく常連とおぼしき男たちまで口を揃えて「チキン」という。それならば選択肢はほかにないだろうとオーダーをする。しばらく待っていると手持ち無沙汰のせいか悪戯な好奇心が沸き立つ。先程の鶏たちの行き先を確かめたくなった。

 「チキンってどこから仕入れてるの?」

 「あっち」と数名の声がハモった。同時に全員が向こう側の店を指さす。どうやら本気で言っているらしい。「やっぱりな」と思った。

 タイミングよく銀色の平皿に盛られたチキンカレーがサーブされた。スプーンは添えられていたが、チャパティを手でちぎってカレーを浸して口に放り込む。スパイスの風味が強くて美味しい。

 メインのチキンは別に美味しくもないが、不味くもない。特徴のない味で。正直残念である。せっかうなら極端な方向に振り切っていてほしかった。そのまますべてを食わずに終わりにしてもいいのだが、さっきから妙な視線を感じていた。正体は真向かいからである。別に確証があるわけではないが、これから肉になろうとする鶏たちが「残すんじゃねえぞ」と言ってる気がしたのだ。

 

 出されたものを残さず食べる。ただそれだけのことをすればいいのだが、どうにも食いにくく、好きなはずのカレーなのに、余計に美味しく感じられなくなっていった。

 空腹は最高のスパイスなどということがあるが、このときばかりは食べる環境のほうがよっぽど大事だと思った。なんでも食べ切ることを信条にしているが、美味しく食べるにはそれに適した環境がある。このときばかりは強く思った。