文と写真/室橋裕和

 

 2017年7月に『最新改訂版 バックパッカーズ読本』が発売された。旅人たちに読み継がれてきたこの本も、その第一作は20年前にさかのぼる。当時、どういった経緯で『バックパッカーズ読本』は生まれたのだろうか。

 

■個人旅行の情報に乏しかった時代

 

 国境を越える船に乗りながら、僕は興奮していた。飛行機以外で国境を越える、はじめての経験だった。

 エジプトからヨルダンへ、紅海を渡っていく。

 いま、僕の目の前に広がっているのは、その名前とはだいぶ異なる紺碧の青だった。波頭の彼方には茶褐色の、緑のない山塊が霞んで見える。サウジアラビアだろう。観光ビザというものが存在せず、一般の旅行者は立ち入れない、禁断の国……そんな大地を目の当たりにしながら、紅海をゆく。船の欄干をつかんで併走するカモメを見やり、僕は物語の主人公になったような気分に包まれていた。20数年前のことである。

 国境越えの航海にテンションが上がりつつも、僕は同時に疑問も感じていたのだ。

 どうしてこんなに素晴らしい旅のことが、世に知られていないのか。

 その当時、僕のように個人でふらふらと外国を旅するスタイルは、一般的ではなかった。「ツアー以外で、どうやって海外に行くんだよ」と友人に笑われたこともあった。

 インターネットはまだ未発達で、安宿街の国際電話屋に少しずつ重々しいデスクトップが置かれはじめ、Hotmailってのがあってな……と旅行者たちに語られるようになってきた時代だ。

 旅の情報はガイドブックとか各国の政府観光局くらいだった。それも、ほぼすべてがツアー客向けの内容だ。個人旅行者に役立つ情報を載せていたものは『地球の歩き方』か『旅行人』くらいだった。だが前者はこの頃すでに読者層にツアー客も取り込みはじめていたので中途半端であり、後者はすでに旅を何度も重ねた経験者向けの内容だ。マニアとしては当然『旅行人』を愛読してはいたのだが、新規参入者には厳しい世界だよなあ、と思っていた。