今回のリレーコラムのテーマは「スパイス・カレー」ということですが、昭和40年代生まれ&ド田舎で青春を謳歌していたに記者にとって、そもそもはカレーは家族の絆を深めるものであり、外で食うものではありませんでした。
 実際、近所のオヤジたちは、家族に何か問題があると「みんなでカレーを食べれば大丈夫だ」などと、よく叫んでいたものです。
 このようなお話をすると「いったいどんな所に住んでいたんだ?」と眉間にシワを寄せている方もいらっしゃるかもしれませんが事実、その町にはカレー専門店などという小洒落たものは存在せず「外食のカレー」といえば、もっぱら不良と極道とキレンジャーしか出入りしないような妖しい喫茶店でしか食うことができなかったのです。
 そんな環境で育ちましたから、紅顔のDK(男子校生)だった記者も、家族の絆を裏切って親に内緒で「喫茶店カレー」を食べに行っておりました。確か店の名前は「ウロボロス」的なものだったと記憶しております。
 マスターは一見、ムショあがり風の人でしたが、カレー作りにはひとかたならぬ思い入れがあるらしく、まるで旦那に浮気をされた人妻のように、前の晩からコトコト、コトコトとカレーを煮込んでおりました。
 しかも、このカレーが病みつきになるほど美味かったのです。口に入れた瞬間に脳天を突き破るような快感物質がほとばしり、後からジワジワと「後悔」という名の辛さが全身に駆け巡ります。あまりの美味さに当時は「ガチでシャブでも入っているんじゃないのか?」と本気で思ったほどです。
 さらに私をスパイシーな気持ちにさせたのは、その喫茶店でたまに見かけるどこかの高校のスケバンでした。どういうわけか、そのスケバンはいつもカレーを食いながら、周囲に「メンチ」を切っていたのです。
 そのうえ目が合おうものなら「あたいらの青春は甘くないよっ!」とでも言わんばかりにモグつくのですからたまりません。カレーのスパイスとスケバンの眼光が絶妙のハーモニーを織りなして、単なる茶色い液体は記者にとって気絶するほどのグルメと化していたのです。今後も記者はあの頃のカレーとスケバンを一生、忘れることはないでしょう。
 皆さんもカレーを食べるときは「ヒリヒリする関係の女性」と味わってみてください。それこそが最高のスパイスになるでしょう。

 

文/蛇光院包(TABILISTA 記者)   挿絵/吉岡里奈

 

【リレーエッセイ「スパイス・カレー編」】
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