それは忘れられない味だった。

 あれから30年経っているが、今も鮮明に舌がその味を覚えていて、サムイ島を思い出す度にそのカレーの記憶が蘇ってくる。

 

    大学を4年で卒業せず、1年留年しモラトリアムな日々を過ごした大学5年目の卒業間際。湾岸戦争が勃発する中、東南アジアへ2ヶ月の卒業旅行に出かけた私は、バリ島からジャワ島を経由してシンガポールに渡り、そこから陸路でマレーシアに入りペナンで沈没していた。

 

   ある日、宿で知り合ったイギリス人旅行者に「タイにサムイ島っていう楽園のような島があるから一緒にどう?」と誘われ、予備知識もなく彼と一緒にペナンを早朝に出発して乗合バスを何度も乗り継ぎ、船が発着するタイのスラータニーという街に夕方に到着。その時点でほとんど食事が取れずかなり疲れていたのだが、そこから船に乗り込みサムイ島に向かっていると、急にイギリス人の彼が「パンガン島の方がサムイ島よりイケてるみたいだから俺はそっちに行くよ」と言い出した。

 

   急遽、一人でサムイ島に行くことになり、船が到着した頃には陽もすっかり沈み、真っ暗になった桟橋からビーチ沿いを歩いて宿を探し、何とか見つけた宿は安いながらも独立したコテージのいい感じの宿だった。もうお腹が空き過ぎて倒れそうだったので、すぐに宿に併設した食堂で何かお腹に入れようとテーブルに着くと隣のテーブルのお客さんが食べていたカレーが目に入った。「もうそれでいいや」と何も考えずに同じものを頼み一口食べると今まで食べたことがない風味で凄く美味しかったのだ。メニューを見ると「ココナッツカレー」と書いてあった。「これがココナッツ風味なんだ」。

 

   それまでカレーといえば、家で食べるジャカイモとニンジンの入ったごく普通のカレー
しか口にしたことがなかった私は、そのなんとも言えないまろやかで南国を感じる
ココナッツ風味のカレーに衝撃を受けてしまい、思わずお代りをして食堂の店員に
笑われてしまった。

 

   それ以降、旅を重ね、様々な国で美味しいカレーを食べて舌が肥えたはずなのだが、
今もあの時のココナッツカレーを越える衝撃は味わっていない。

 

サムイ島のバンガローから見たビーチ

 

【リレーエッセイ「スパイス・カレー編」】
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