カレーは、私たちがノスタルジーを感じる代表的な料理のひとつではないだろうか。「閉店します」の文字の貼り紙を見て、「なぜもっと通わなかったのか!」という自責と、「たくさん食べて満足しておけばよかった」という後悔の念を抱くのは私だけではないだろう。
 個人店の味は、レシピを受け継いだとしてもなかなか正確な再現ができるものではない。一度店が閉まってしまえば二度とその味に触れることができないのだ。チェーンではなく一軒だけで家族的に切り盛りしてきた店の味はハードルが高く、随分と寂しい思いをすることも多かった。

 

 小学校4年の頃まで大好きで通っていた「神戸カレーショップ」(神戸・三宮)は、どういう事情による閉店かもわからないくせに、私は中学に上がる頃まで「絶対にそこらへんに引っ越したんや」と、しつこく探し回り、結局発見することができなかった。

 

 中学からこの仕事を始めるまで通い続けた「サンボア」(西宮北口)は、学生か学生時代から通い続けた者しか入れない、味もしきたりも個性的な店だった。まさに無形文化財と言える店だったのだが、店のご夫妻共に高齢で閉店。その味が忘れられない「ファン」は飲食店関係者にも多く、兵庫大阪の複数の店舗で再現を試みている店がいまだにある。結構オリジナルに近いところまで再現されている店もあり、私もレシピを手に入れて試作した。果たして、十二分に満足の行く出来栄えで、いずれ「般゚若(パンニャ)」でも楽しんでもらおうかと画策しているが、世情がなかなかに困難な時期なので模索中だ。

 

 名古屋の仕事で一緒になった東海テレビのアナウンサーに教えてもらって通ったのは「カレーのMORI」(名古屋・久屋大通)だった。個性的だが一度で好きになるパンチの効いたカレーだったが、こちらも店主が高齢という理由だったか、2010年9月末で30年の歴史を閉じた。しかし、「誰かがレシピを受け継いだようですよ」という噂を耳にし、前向きに鵜呑みにしたが、10年以上経ってしまった。

 

 この仕事を始めたときに、広告代理店の友人から「食べたらやる気が出るカレー食わしたる」と連れて行かれた、日本橋室町「インド風カリーライス」(常連は建物の見た目で「蔦カレー」と呼ぶ)は、味に衝撃を受けてからヘビーローテーションで通い始めた店だった。多い時には週に3度も4度も、そして二杯目をおかわりすることもザラだったが、60年以上も続いた名店が、2007年6月、あっけなく閉店してしまった。
 この店のカレーも再現しようとする人が多く、私ももちろんその一人だ。これまた才能があるのだろうか、相当に近いところまで近づくことができたが、それは「デリー」の田中源吾社長によるレシピと、カレー研究家の水野仁輔さんのブログをカンニングさせていただいた賜物だった。そこに、私の遠い記憶の、皿に残るホールのクローブの姿がひらめいて、画期的に接近したのだった。お好きな方は試してみてほしい。

 

お気に入りのアイテム。よく使うスパイス7種をインド雑貨の店で買ったスパイスケースに入れています。

玉ねぎを炒めるのはほとんどのカレー作りの下地。期待の高まるひとときです。
香りが出て、肉を炒めたら根菜などを足して。この後、お気に入りのカレーパウダーやスープを投入。
「懐かしの付け合わせ」壺漬けを添えて。手軽く作ったのに思い出の味を程よく再現、嬉しく美味しくいただきました。

 

 

リレーエッセイ「スパイス・カレー編」】
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「拝啓、一条もんこです。仕事は「カレー」。これが私の生きる道!」 一条もんこ