ダンシング・クイーンが流れるディスコに通い始めた大学時代から、靴に羽でも生えたかのように、私は一日のほとんどの時間を家の外で歩き回って過ごした。社会に出てからはさらに拍車がかかって、家は寝に帰るだけの場所となった。母はそんな私に呆れ、半ば怒りながら、「早く帰ってきなさい」と毎朝言っていた。イタリアで暮らし始めてからも、電話を切る前にはいつも決まって、「次はいつ帰ってくるの?」と聞かれるのが当たり前になっていた。「帰ってくるな」と言われたのは、あの時が初めてだった。距離や時間だけではない、それらを包括するもっと大きな何かに阻まれて、「帰れないほど遠くに来てしまった自分」を実感させられた。知らぬ間に、私はもう二度と戻ることのできない「ポイント・オブ・ノー・リターン」を超えてしまっていたのだ。そう気づいた時、長い間思い出すことのなかった大好きな長田弘さんの詩が、ブワッと頭の中に蘇ってきた。

 

「遠くへいってはいけないよ」。子どものきみは遊びにゆくとき、いつもそう言われた。

 

 という一文から始まる長田弘さんの詩は、20代の頃に私が出会った人生の宝物である。当時、生まれて初めて味わう大きな挫折感に打ちのめされていた私は、その詩を読んだ時、ベッドの中で号泣した。その時はまだ言葉の深さをよくわかってはいなかったけれど、なんとなく、想像するだけで胸をしめつけられるような切なさを感じたことを憶えている。長田弘さんの詩集『深呼吸の必要』に収められている「あのときかもしれない・4」というのがその詩、というか散文なので、興味を持たれた方はぜひ全文を読んでみてください。好奇心旺盛でいつも「遠くへいってはいけない」と言われていたのはまさに私自身で、私にとって人生とは、できる限り遠くへ、遠くへと続いていくものだと思っていた。私が大好きなその詩の最後の一節に、こんな言葉が綴られている。

 

「遠くへいってはいけないよ」。

 子どもだった自分をおもいだすとき、きみがまっさきにおもいだすのは、その言葉だ。子どものきみは「遠く」へゆくことをゆめみた子どもだった。だが、そのときのきみはまだ、「遠く」というのが、そこまでいったら、もうひきかえせないところなんだということを知らなかった。 「遠く」というのは、ゆくことはできても、もどることのできないところだ。おとなのきみは、そのことを知っている。おとなのきみは、子どものきみにもう二どともどれないほど、遠くまできてしまったからだ。 (※長田弘著『深呼吸の必要』ー「あのときかもしれない」より)

 

「ブーツの国の街角で」vol.90 (2021.03.18)