■焼き魚の名人・村上健一さんの「福よし」へ

 今回の旅は、10年前に東日本大震災で甚大な被害を被った気仙沼です。目的は、焼き魚の名人「福よし」の村上健一さんに久しぶりにお会いして、人生の四方山話を聴きながら、さんまをはじめ、吉次(きんき)の炭火焼きをいただくことでした。

 

 東京から一ノ関まで新幹線で約2時間30分ほどです。一ノ関からは大船渡線に乗り換えて、終点の気仙沼まで1時間20分のローカル線の旅です。大震災で大船渡線が不通になってしまったとき、ボランティアで一ノ関から気仙沼までバスで出かけたときは2時間半ほどかかりました。
震災後数年経ってから「料理ボランティア」で出かけたときは、気仙沼の先の大島に鮨職人とパティシエをお連れして、鮨職人は、地元のお母さん方に「ちらしずし」を、パティシエは小学生の子供たちに「プリン」を教えて、大好評でした。

 

 「福よし」へは20年ほど前から幾度も訪れていて、出かけるたびに、日本一とも呼んでいい「焼き魚」を堪能してきました。2011年3月11日大震災で気仙沼の街が焼き尽くされてゆく光景を見ながら、私は真っ先に「福よし」主人村上健一さんの無事を祈っていました。村上さんの無事が風の便りで届いたのが、3年ほど経ってからで、久しぶりに「福よし」を訪ねると、かつての場所に店はなく、対岸に気仙沼の魚市場が見渡せる海辺のすぐ近くに店が新築されていました。1階は駐車場で、店は2階にありました。

 

「福よし」の佇まい

 

 村上さんは「いつも海の恩恵で暮らしてきたので、今までより海の近くで商いをすることにした」と、まるで海で暮らす船乗りの気概で言い切りました。そして、久しぶりに再会した「さんまの塩焼き」は、自ら竹林から採ってきた竹を削って作った細くて長い竹串に刺され、今まで同様20分ほどの時間をかけてじっくり焼き上げられて、黄金色に輝いていました。頭からがぶりと噛みつき、これ以上ない秋の極上の味覚を堪能したのでした。

 

 しかし、そのさんまの塩焼きを楽しみに出かけたものの、今年は不漁で水揚げがないとのことでした。昨年も同様で、もう何年もいつも焼いていた立派なさんまにはお目にかかっていないとのこと。どうやら、近年、さんまの漁場が変わってしまって、大型船でないと小型船では燃料などの問題で、さんまを獲っても気仙沼の港まで戻ってこられないとのこと。大型船はさんまを獲れば、気仙沼に戻らず、高い値のつく釧路に持っていってしまい、気仙沼には水揚げされないとのことでした。気仙沼なら焼き魚の名人がいて、さんまも成仏するというのに、なんとも残念なことです。

 

 というわけで、今回、村上さんが用意してくださったのは、かれいと吉次(きんき)でした。焼きあがるまでは、かつおと締めさばとほやの刺身、それにうにをいただきました。先日、仙台でほやをいただきましたが、この日のほやも申し分ないもので、香りといい、ヨードをたっぷり含んだ味わいと言い、地元ならではのご馳走でした。

 

かつお、しめさば、ほやの刺身