■老舗和菓子店を襲ったコロナの悲劇

 

 順風満帆であった虎彦にも新型コロナの影響は容赦なく降りかかった。

 客足は一気に遠のき、店の売り上げは激減。前年対比で50%近くもの売り上げを失う。

 特に和菓子は「贈答品」として買われることが多く、人が人に会わない時世には大打撃を受けた。

 そこにさらなる悲劇が襲う。

 大量の和菓子を毎日買い取っていた大手食品配達チェーンから突然、受注ストップがかかったのだ。

 「泣きっ面に蜂」

 虎彦は皮肉にも創業70年目にして最大の窮地を迎えることになる。

 普通、このような状況になれば、まず一番最初に縮小されるのは「人件費」である。

 しかし、上田社長は最後まで「リストラ」の判断をくださなかった。

 なぜなら、上田社長の脳裡には30年前に「商業会ゼミナール」で感銘を受けた「ある言葉」が焼きついていたからである。

 「店は客のためにある。従業員とともに栄え、店主とともに滅ぶ」

 この言葉は商業界ゼミナールを創設した「正しい商いの伝道者」故・倉本長治氏の残した名言で若かりし日の上田社長は大いに感銘を受けた、

 しかし、同時にこの言葉は日を追うごとに上田社長の首を絞めつけていく。

 虎彦を維持するためには、どんな状況にあっても「従業員とともに」栄えなければならないからだ。

 まさに絶対絶命。

 もはや、排水の陣である。

 そんなとき、倉本氏のもうひとつの言葉が「救いの手」を指し述べた。

 「店は客のためにある」

 その言葉を胸に上田社長はある決断をすることになる。

 「そうだ、客が来れないなら、こちらから行けば良いのだ」

 かくして虎彦は創業以来「初」となる「移動店舗」を実施することになった。

■店舗売り上げを遥かに超える利益が

 

 2020年5月1日の朝、一台の「創業初となる移動販売車」が大量の和菓子を詰めて虎彦を出発した。

 そこには上田社長自らが乗り込み、隣には苦楽をともにしてきた妻の姿があった。

 令和2年5月現在、上田社長66歳。

 もちろんこれまで、訪問販売はおろか、御用聞きの経験もない。

 「これがダメなら後はない」

 そこには悲痛な覚悟が秘められていた。

 端から見ればあまりにも無謀。

 日本中探しても和洋菓子店が客先に出向いて商品を売るなど聞いたことがない。

 しかし、街に出た上田社長は予想外の光景を見ることになる。

 それは、一人目の客となった老婆のこんな言葉から始まった。

 「これまではちょっと和菓子が食べたくても敷居が高くていけなかったの。こうやってきてくれると嬉しいわ」

 その後も「お店に行きたくても脚が悪くて行けなかった」というお年寄りや「こういう社会不安な時に甘いものを食べれると幸せな気持ちになれる」など街の人からは次々と「歓迎の言葉」が跳び出してくる。

 結果的に、上田社長は店舗販売以上の売り上げを手にして店に戻るという「嬉しい誤算」が起きてしまったという。

 果たして何が起きたのか。

 まるで狐に摘まれたようである。

 そこで、この現象を企業コンサルタントであるマーケティングセバスチャンの久積正直社長に分析してもらった。

 

■虎彦の移動店舗成功の秘密

『食の地方創生講座』より