■市場の食堂、イエメン系ユダヤ料理店『シモン』

 朝食を抜いたのはダンに勧められたイエメン系ユダヤ料理の店『Shimon, King of Soups & Food (シモン)』を訪れるため。

 イエメン系ユダヤ人は聖書に登場するソロモン王やシバの女王の時代にアラビア半島南端のイエメン地方に移住したユダヤ教徒たちの子孫と言われる。20世紀前半には数十万人がイエメンに暮らしていたが、イスラエルの独立と第一次中東戦争のアラブ軍の敗退により、イスラム教徒から彼らへの激しい迫害が起きてしまった。そこで1949年、イスラエル軍は「魔法の絨毯作戦」を行い、秘密裏に彼らを救出し、イスラエルまで空輸し、移住させた。

 現在ではイエメン系ユダヤ人はイスラエルに約20万人、アメリカとイギリスに数万人が暮らし、イエメンには100人ほどが残っているだけと聞く。イスラエルとイエメンは今も国交はないため、彼らは祖先の土地から離れたきり、二度と訪ねることが出来ない。ちなみに音楽家では1980年代末に日本でも注目された女性歌手オフラ・ハザ、バルカン・ビート・ボックスのラッパーのトメル、女性姉妹トリオのA-WAなどがイエメン系ユダヤ人である。

 ハカルメル通りのちょうど真ん中辺りを西側に曲がり、2本裏の通りの角に平屋一軒家のシモンを発見した。開店時間の10時をちょうど過ぎたばかりで、僕がその日一番最初のお客だ。通りから一段低くなった入り口を入ると、店内は奥がキッチンになっていて、手前に四人がけテーブルが4つだけ。長時間炊きこんだ牛肉のスープの香りが漂い、豚肉が宗教上タブーのユダヤ教徒にはこの表現は申し訳ないが、日本の豚骨ラーメン屋のような風情である。

ダンおすすめのイエメン系ユダヤ料理の店『シモン』に到着!

 名物のオックステールのスープ「マラク・レゲル」を注文すると、すぐに深めのスープ皿に具だくさんのスープが湯気を出しながら運ばれてきた。スープは赤褐色で、真ん中には長時間煮込まれたオックステール、手前には黄色く染まったじゃがいもがゴロンと入っている。付け合せには青唐辛子とにんにくと香辛料をペースト状にしたスフーグと、フェヌグリークを水に漬けてホイップしたムース状のヒルバ、そして薄焼きパンのマルージュ。

こちらがオックステールスープのマラク・レゲルのセット

イスラエルでは頻繁に見かける青唐辛子のソース「スフーグ」。要は緑色したハリッサ

イエメン料理に用いられるフェヌグリークのムース「ヒルバ」
薄焼きパンのマルージュ。日本のインド料理屋で出されるフカフカのナーンに近い。

 まずはマラク・レゲルをスプーンですくっていただく。おお、これは韓国のソルロンタンスープの中東版だ! オックステールは骨まで砕けるほどに煮込んであり、肉はトロトロ。もちろん牛の脂でギトギトだが、おでんの具材のようなじゃがいもが入ることでギトギトは中和される。牛のダシのほか、クミンとカルダモン、黒胡椒の味を感じる。黄色く染めているのはターメリックだろう。インドのカレー粉とよく似たイエメン料理のミックススパイス、ハワージュを使っているようだ。

 二口目からはスープの上にヒルバをたっぷり混ぜ込んでいただく。見た目こそムースかホイップクリームのようなヒルバだが、味はとにかく苦くて青臭い。フェヌグリークは主にインド料理に用いられるスパイスで、中東ではイエメンのヒルバ以外に用いられるのを見たことがない。その苦くて青臭いムースをスパイシーで濃厚なオックステールスープにぶちかけると、お互いのマイナスが打ち消し合うような爽やかさが生まれる。その上、お腹持ちも良いし、身体も温まる。まさに下町のソウルフードと言おうか。しかし、これはパンよりもご飯のほうが合うだろうな。ちょうど韓国料理のクッパや日本のまんまのように。

 お会計を頼むと48シェケル(約1644円)。テルアビブではかなり庶民的な値段だ。

マラク・レゲルにヒルバを混ぜ入れて。見て! 骨の周りのゼラチンがトロトロギラギラコテコテで激美味なんだよ!