その昔、中国大陸にハマっていて、バックパックで1か月間の放浪を2度経験した。その後も、今よりずっと素朴で、でも、当時の中国のどの都市よりも洗練された感のあった上海に惚れ込んで、何度も通った。青島ビールを飲むためだけに(日本でも普通に飲めたのに)、わざわざ青島に飛ぶという酔狂な旅をしたこともある。

 

 しかし、それだけ中国を訪れていながら、本場の餃子の思い出はほとんど、ない。

 現地で餃子を注文すると、たいていは、ぷにぷにの厚い皮の水餃子が、大ぶりのどんぶりにてんこ盛りで出てくるため、うっかり注文しようものなら、餃子と格闘するハメになる(実際、何度か闘いました……)。と、中国づいた初期の頃に学習した私は、その後、彼の地で餃子をあまり口にしていないのだ。よって、思い出もないわけで……。

 

 潜在意識の中で、そのことが心残りだったのだろうか。「餃子パーティ」を企画して、3、4人の女友達を家に招いたことがある。

 材料だけ用意しておいて、「じゃあ、餃子を作るところから始めましょう」ということで、料理本を見ながら、みんなで何種類かの餃子を、小麦粉を捏ねて皮から作って、茹でる、蒸す、焼く、と3種類の方法で調理して、ビールのグラス片手に餃子三昧の宴。

 なんと楽しかったことよ! 

 

 そのパーティからほどなくして、「餃子を食べに来ませんか」と、今度は私が招待された。

 招いてくれたのは、当時習っていた中国語の先生だ。中国残留孤児のお母さんが日本に永住帰国するのに伴い、夫と一緒に来日して帰化した女性だった。

 夫と幼稚園児の娘(日本で誕生)と3人で暮らす彼女の家を訪ねると、ちょうど彼女は餃子の餡を作っている最中だった。

「どう見ても、それはボウルではなくてタライ(洗濯桶)ですよね」とツッコミを入れたくなる大きな入れ物に、大量のひき肉と小さく刻んで水気を絞ったニラと白菜を入れて、ダイナミックに手で捏ね捏ねして、仕上げに、化学調味料をイン。

 え————————っ!!

 

 私は心の中で驚きの声をあげた。

 今でこそ、「化学調味料は一切使用していません」の中華も少なくないけれど、当時はまだ「中華料理と言えば化学調味料」の時代だったため、それを使うこと自体に驚きはなかったが、びっくりしたのは、その量。

 なんと、彼女は、カレースプーンに山盛り2杯分を入れたのだ。

 

 そんなに入れて大丈夫?

 化学調味料の味だけにならない? 

 舌根に変な味が残らない?

 

 私の戸惑いを知ってか知らずか、彼女は淡々と作業を進め、「日本にはこんなに便利なものがあるから、今日はこれを使うね」と言って、そこら辺で普通に売られている餃子の皮を手のひらに載せ、慣れた手つきで餡を包んでいった。

 

 あとで聞いたところでは、彼女は、お母さんの見よう見まねで子どもの頃から、餃子は皮から作ってきたという。来日してからも餃子はしょっちゅう作るが、日本では餃子の皮が市販されていると知ってからは、ちょくちょく利用するようになったそうだ。

 

「日中合作ですね」

 

 とかなんとか言いながら、私も手伝って出来上がった大量の生餃子を、彼女が茹で上げ、ドン! と食卓に並べてくれた。

 

 まぁ、みんな、食べるわ、食べるわ。

 

 私はせいぜい10個強程度だったが、幼稚園児の娘ちゃんでさえ、おそらく、私よりもたくさん食べたはずだから、大人の、彼女と夫は言わずもがな。

 中国では、餃子はご飯のおかずではなく、「おかず」の要素も合わせ持った「主食」らしく(日本で言うと巻き寿司な感じか?)、

 そのときも、食卓にはご飯も他の料理もなく、みんな、餃子だけをひたすら口に運び、100個はあると思われた水餃子の山はどんどん小さくなっていった。

 ちなみに、化学調味料は、餡の量からすれば大した使用量ではなかったようで、餃子はとても美味しくいただけました。

 

 餃子だけを一度にあんなにたくさん食べたのは、あとにも先にも、あのときだけだし、一からの餃子作りに携わったのも、それが最後になった。

 買ってきた生餃子や冷凍餃子を調理することはあっても、餡を作って、皮で包んで——は、今後、もうやることはないだろうなぁ……。

 と言いつつ、我が家の冷蔵庫には、市販の餃子の皮が常備されている。

 日本ではいつの頃からか、餃子は〝国民食〟になったが、それもこれも、この皮のお陰なんじゃないかと私は密かに思っている。これが市販されていなかったら、日本人にとって餃子はもっと遠い存在だったのではないだろうか。本場中国仕込みの餃子を作る中国出身の女性も認めた、日本の餃子の皮。昨今、その〝底ぢから〟に、私はハマっているのである。

 どうハマっているか?

 答えは、写真をご覧ください。

 

我が家の冷蔵庫には、どこにでも売っている餃子の皮(とスライスチーズ)が常備されている。通常サイズではなく、使いやすさを考えると大判がベター。
小腹が空いたときや、「ちょっとつまみが欲しい」「もう一品、前菜を」というとき、餃子の皮に〝ありもの〟とスライスチーズを載っけてオーブントースターで焼くのが、マイブーム。写真はジャコとネギ。ビールにはもちろん、ワインなら白や泡によく合う。
料理に使って残ったイタリアンパセリを載せてみた。何もなければチーズだけでも十分美味しい! 写真にはないけれど、ベーコンやハムはテッパンです。
皮を4枚並べて焼いた変則バージョン。ビールのつまみに茹でて残った枝豆を載せて。
ベビーリーフやトマト、アボカド、パプリカなど、サラダの残りを利用。あるいは、その日のサラダの一部を流用することが多い。基本、なんでも合うと思うけれど、水分の多い素材をたくさん載せると、餃子の皮が水分に負けてパリッと感が出ないかも。
いちじくをたくさんいただいたので、ちょっと載せて焼いてみた。いかにも「おやつ」。でも、泡にも合うはず。
スライスチーズと海苔を載せ、あまりに〝色気〟がなかったので、粉チーズを振りかけてみた一品。味はまさに〝チーズおかき〟。
餃子の皮を素焼きにすると、こんな感じでぷっくり。味は、カナッペ用のクラッカーみたいに塩気もほとんどない素っ気なさ。それだけに、いろんな素材を受け入れてくれるんですね。これぞ、餃子の皮の〝底ぢから〟! 私はまだ試していないが、ディップのようなものをつけてもイケるかも。

 

 

世界でもっとも貧しい大統領ホセ・ムヒカ 日本人へ贈る言葉
世界でもっとも貧しい大統領ホセ・ムヒカ 日本人へ贈る言葉

2015年7月に発売し、ベストセラーとなった『世界でもっとも貧しい大統領 ホセ・ムヒカの言葉』に続く第2弾。
今や、その生き方や言葉は人類の財産になろうとしているウルグアイの元大統領ホセ・ムヒカ氏。今春、日本を訪れたムヒカ氏は日本でもさらに注目されましたが、本書は、ウルグアイでのムヒカ氏本人への単独取材も含め、現在の日本人の心に響く名言を集めたものです。

信念の女、ルシア・トポランスキー ホセ・ムヒカ夫人 激動の人生
信念の女、ルシア・トポランスキー ホセ・ムヒカ夫人 激動の人生

“世界でもっとも貧しい大統領"ウルグアイ第40代大統領ホセ・ムヒカ。その妻は、国会議員のルシア・トポランスキー。ムヒカに寄り添い、いつも穏やかな微笑みを浮かべる彼女だが、かつてはゲリラ戦士だった。裕福な家庭の娘として育った美少女が、なぜ革命家になり、どう今に至るのか。信念の女性ールシアの波乱万丈な人生を追った一冊!

世界でもっとも貧しい大統領 ホセ・ムヒカの言葉
世界でもっとも貧しい大統領 ホセ・ムヒカの言葉

退任したホセ・ムヒカ前ウルグアイ大統領が、2012年のリオ会議での感動的なスピーチを中心に「世界一貧しい大統領」として日本でもブームとなっています。本書は、冒頭にそのスピーチ全文を掲載。そして彼の他の演説やインタビューの中から名言をピックアップして、
ホセ・ムヒカ氏の人となりと思想、生き方をわかりやすく解説します。


ウルグアイはブラジルとアルゼンチンに挟まれた小国(面積は日本の約半分)。首都モンテビデオからアルゼンチンの首都ブエノスアイレスまでは飛行機で1時間弱の近さだが、両都市を挟むラ・プラタ河をフェリーで行く方法もあり、高速艇なら3時間ほどで行くことができる。