文と写真・サラーム海上
■イケてる町、ヤッフォにある音楽スタジオ訪問
2019年11月25日月曜正午、テルアビブのカルメル市場から宿の部屋へと戻った僕は、大量に買い込んだオリーブやバブカ(チョコレートやポピーシード餡入りの重い菓子パン)をスーツケースに移し、荷物をまとめ上げ、宿をチェックアウトした。
フロントにスーツケースを預けているとスマホにメッセージが届いた。見るとバンド、Quarter To Africa(クォーター・トゥ・アフリカ、以下「Q2A」)のヤキールからだった。
「マネージャーのアミルから聞いたけど、今日、空いているんだろ? これからヤッフォにあるQ2Aのスタジオを見に来ないか?」
「もちろん!2時には着けるから、住所をテキストして」
こんな風にいきあたりばったりに予定が埋まるのがイスラエルの楽しいところだ。全人口が約900万人と日本の1/13の小ささなので、音楽関係者はたいてい知り合い同士。もちろん、この密すぎる状況に反発して、海外に活動の場を移すアーティストも多いのだが。
Q2Aは、クリクリのアフロヘアでヒゲ面の中東系という見た目がそっくりな2人、サックス奏者のヤキールと弦楽器ウードの奏者エリヤサフが2014年に出会い、結成したバンド。アラブ音楽とアフロビートなどのアフリカ音楽をミックスした「アフラブ」という音楽性を掲げ、2人にドラムス、パーカッション、エレキベース、トランペット、キーボードを加えた7人編成で活動を開始した。僕は2016年のイスラエル音楽見本市(ISMF)で彼らを知り、キャッチーな音楽性に一発でノックアウトされた。
そして、2017年、彼らはピーター・バラカンさん主催の「Live Magic」にて初来日を果たした。彼らは日本の民謡にも造詣が深く、「炭坑節」をカヴァーしたシングルまでリリースしている。この時のISMFには出場こそしなかったが、僕はヤキールとアミルと会場で顔を合わせていた。

ヤキールから送られてきた住所はテルアビブ南部ヤッフォの観光名所でもあるフリーマーケットの裏通りだった。宿の近くのキング・ジョージ通りからバスに乗り、15分ほどでヤッフォのランドマークである時計台に到着。そこからフリーマーケットまで5分ほど旧市街を歩き、件の裏通りに入った。
細い道の両側、至るところで建物のリノベーション工事が行われていた。ヤッフォは10年ほど前から、物価が高すぎるテルアビブから一歩離れてビジネスを始める若者たちが集うイケてる町へと変貌していた。

到着メッセージを送ると、砂埃をかぶった金属ドアが開き、人懐っこい笑顔のヤキールが顔を出した。
「シャローム・サラーム」
「シャローム・ヤキール。誘ってくれてありがとう」
「先週、スタジオの改装が終わったばかりなんだ。だからサラームは最初の外国からのお客さんだよ。ウェルカム、ウェルカム!」
スタジオと言っても、日本のスタジオのように入り口や壁に防音対策がしっかりなされているわけでない。普通の2階建てのアパートの1階と2階の吹き抜け部分を使い、一部の壁を取り払い、スタジオとしているだけだ。メインの20畳ほどの部屋には3人がけソファーが三方から並び、奥にはドラムスやパーカッションがセットされていた。そして手前の廊下にミキサー卓やPC卓が置かれ、壁にはギターやベースやサックスが吊り下げられ、さらにヤキールがアフリカやインドなどで集めたらしい民芸品や絵が飾られていた。
「ここは一月前までは僕の自宅アパートだったんだよ。それを自分たちで改装して、Q2Aのスタジオにした。ここならメンバー7人が同時に演奏出来るからね」
「ヤッフォは新しい店が次々と出来ているけれど、騒音問題はないの?」
「この通りは工事現場や町工場ばかりだから、夜には人がいなくなるんだよ。だから近所を気にせず演奏出来る。今は次のアルバムを仕上げているんだ。出来上がったばかりの新曲『Halva』を聴かせるよ」
大音量で聴いた「Halva」はモロッコの黒人系伝統音楽グナワの3連リズムを取り入れたアラビックでアフリカンでポップな仕上がり。とても彼ららしい。
「来年リリースするニューアルバムのタイトルは『Falafel Pop』と決めたんだ。ファラフェルはイスラエルを代表するファストフードだし、しかもポップ。僕ら自身の音を的確にあらわしていると思う」
「わかりやすくて、すごく良いタイトルだと思うよ」
それからは話題は、彼らの次の日本公演の実現に向けて何が出来るかが中心となった。帰国後すぐにコロナ禍が始まってしまったので、今に至るまで新たな動きはないが、イスラエルのミュージシャンたちはとても現実的でサバイバル能力が高いので、コロナの収束後には再来日するための良い方法をスルっと見つけてくれるはずだ。
