文と写真・下川裕治

 

タイ入国後の2週間隔離が終わって、バンコクで仕事再開

 タイは新型コロナウイルスをタイ国内に入り込まないよう厳しい水際対策をとっていた。タイに入国する人は全員、2週間のホテル隔離が課せられていた。

 その2週間をなんとかこなした。ようやくバンコクの街を自由に歩くことができるようになった。

 といっても、僕には仕事がずっしりとあった。僕は『歩くバンコク』という地図型ガイドの編集にかかわっていた。1年ほど前、その編集作業に入りかけているときに新型コロナウイルスの感染が広まっていった。作業を止めなくてはならなかった。その後、事態は悪くなる一方で、日本から一般的な入国は不可能になってしまった。いつ発行できるかわからないなかで、途中までの仕事のギャラ問題が起きていた。ナーバスな部分もあり、そのスタッフたちとの話し合いも待っていた。

 1週間ほどの滞在予定だった。事前に帰りの飛行機も決めなくてはならないから、いままでのように便を変更することもできない。

 タイ政府は隔離が終わってから1ヵ月の滞在を許可してくれた。しかしタイ国内を自由に動くことができるようになるまで2週間の隔離が課せられる。日本に帰っても、自主隔離とはいえ、2週間は自由がきかなかった。つまりタイに1週間滞在しただけで、4週間の隔離になる。

 普通に働いている人にはとてもできることではなかった。リタイア組は時間に自由があるかもしれないが、4週間は基本的に隔離だから、勝手に外を歩くこともできない。誰でも二の足を踏む隔離である。僕は隔離中、原稿を書く時間にあてたが、それでも1週間のバンコク滞在が限界だった。

 バンコクの街も沈んでいた。コロナの感染拡大を防ぐために、多くの店が扉を閉じていた。僕が滞在していたときは、ちょうど規制が緩められているときだった。とはいっても、海外からの観光客がやってこないのだから、パッポンやソイ・ナナといった歓楽街は商売にならない。タイ人や現地に暮らす外国人向きに店を開けるしかない。

 人通りが途絶えた街を、宅配を受けもつグラブやフードパンダのバイクが、走り抜けていくだけだった。