文/ステファン・ダントン

                                                                                         

日本茶を、フレーバー茶を海外に広めたい

  

 2007年の秋、涼風の立ち始めた普段通りの平日の午後のことだった。ポツポツと来ては帰りしていたお客さんがふと途絶え、スタッフの洗い物をする音とフランスのラジオ番組だけが店内に流れる間延びした空気のせいで、私はうっかりあくびでもしそうになりながら、ぼんやりとこんなことを考えていた。

 おちゃらかをオープンして2年。近所との関係も良好だし、常連さんもできて地域でのポジションも少しずつ大きくなってきた。茶産地にお客さんを案内して産地と消費者をつなげることもできた。「おもしろいフランス人がやっているフレーバーティー屋さん」を目指してやってくる若者も増えてきた。

 そもそも、私が日本茶にフレーバーをつけたのは、日本茶を飲む習慣のない人、口に運ぶことに抵抗のある人、あるいは見たこともない人にも日本茶を味わってもらうきっかけを作りたかったからだ。

 日本人の若者もその対象だったから、若者が増えてきたのはうれしいことだけれど、さらにその先、日本茶を見たこともない外国人にも日本茶を手に取り、口に運んでもらうための仕掛けとしてのフレーバー茶なんだ。白ワインを見慣れた目に日本茶の黄金色は抵抗がないはず。グラスに入れれば手を伸ばしてくれるだろう。鼻先に近づければフルーツや花の香りに誘われて口に入れてくれるはず。そして日本茶のスッキリした味わいの良さを知ってもらえるに違いない。

 仕掛けとしてのフレーバー茶はできたが、海外の人に広く知ってもらうためにはどうすればいいのか。吉祥寺にもポツポツと外国人のお客さんは来るから、彼らの口からフレーバー茶のおもしろさ、日本茶の良さは広がるだろう。大使館のパーティに水出し日本茶を提供するようにもなったけれど、もっともっとだ。

 

もっと日本茶を世界に。水出し茶をワイングラスで       

フランス大使館に水出し茶を

      

■1本の電話から

 

  とりとめなく行き来する私の思考を遮るように電話のベルが鳴った。

 「はーい。もーしもし。おちゃらかです」

 「もしもし。わたくし、JETROのBと申します」

 当時の私はJETROが日本の経産省の関係団体だなんて知らなかったから、最初はキョトンとしていたと思う。ところがBさんの話を聞くうちに、この電話がとんでもないチャンスだということに気づかされた。

 「来年、2008年6月1日から、水をテーマとした国際博覧会がスペインのサラゴサで開催されます。日本館の公式飲料を日本茶にしようと思い、各社に企画を出してもらっていたのですが、どうもピンとくるものがない。さまざまな調査をする中でおちゃらかを発見し、おもしろいと感じました。もし興味があれば、我々と話をしてみませんか?」


 政府の仕事だ。大きな仕事だ。

 しかも場所はヨーロッパ。サラゴサに行ったことはないが、「マカロニウエスタン」のロケ地にもなった砂漠地帯。からりとした強い光と熱い風のその場所で日本茶を出すなら、すっきりした緑茶にスペインらしくバレンシアオレンジのフレーバーをつけて水出しで提供したらぴったりなはず。準備期間は8ヶ月もある(このときはそう思ったが、実際は随分と大変だった)。

 「ぜひ!」

 もちろん即答した私は、数日後、六本木のJETRO本部へ向かった。少し緊張しながら役員室のドアを開け、一通りの挨拶をしながら目の前に並ぶ数人の男性を見回した。その中央に見覚えのある顔が。

 「ステファン、こんにちは」

 「Aさん!」

 夏前くらいからだろうか、Aさんは友人や家族と連れ立っておちゃらかに来てくれるようになったお客さんだった。何度か来るうちに、打ち解けて、日本茶についてのさまざまなこと、日本とヨーロッパの農業についてや私のビジョンについてフランクに話すようになっていた人。

 「サラゴサ国際博覧会日本館運営の総責任者Aさんです」

 そう紹介されて驚きもした。「あれは調査としての来店だったのか」とも思ったが、「プライベートで来るうちに今回のプロジェクトにぴったりだと思った」と彼は言う。事実はどちらでも、親しく話をしていた相手と大きなプロジェクトに取り組めるのは幸運なことだ。

 「ステファン、日本とスペインのコンビネーションでフレーバー茶を作れないかな? サラゴサの夏は暑い。来館した人に日本茶を水出しで提供して涼やかに日本を感じてほしいんだ。さらにフレーバーでスペインらしさをプラスして日本とスペインのフレンドシップを象徴させたいんだ」

 彼のオーダーは、私が考えていたことと一致した。

 「バレンシアオレンジのフレーバーを緑茶につけよう。名前は、“サラゴ茶”」

 役員室に笑いが起こった。