■四万十河原茶を都会へ、海外へ

 できあがった四万十河原茶を、東京では主におちゃらかの店舗やイベントで売り始めた。高知では高知龍馬空港でお披露目をし、各地で行われる物産展でも高知県のブースで扱われるようになった。

 四万十と東京、田舎と都会をお茶でつないだという実感があった。そのつながりをつくったのはHさんと私だ、という実感もあった。

 四万十河原茶を海外へ紹介するチャンスは2013年の夏にやってきた。クールジャパン事業の一環として「日本茶を海外に紹介する」役目をいただいたのだ。これまで「海外の人にも親しめる日本茶の入り口」を目指してつくってきたフレーバー茶とあわせて、新たにつくった四万十河原茶の評価を海外で試すチャンスだった。Hさんには販売顧問として参加してもらった。事業期間は9月から翌年の3月まで。タイシンガポール、フランスで行われる日本の食に関する展示会に出展することにした。ただ、クールジャパン事業への参加決定から展示会出展申請までの時間が短すぎた。

「間に合わないかもしれない。どうしよう?」

Hさんは、

「高知県のブースは申請済みだから、そこで四万十河原茶も出そう」

即決だった。


       

四万十河原茶と私。展示会にて(Hさん撮影)

 

 いつだってそうだった。アイディアを出し合うとき、それを行動に移すとき、私たちは二人とも「どうやったら利益になるかを考えるよりも先に、愛情こめてつくった製品をどうしたら多くの人に知ってもらえて好きなってもらえるか」を考えていた。

 私たち二人に共通しているのは、お客様に「『遊び』をもった商品に興味をもって、『冒険』心をもってチャレンジして、『体験』することで、『満足』してもらう」ことが、商売の基本だと考えていることだ。

 だから、まずは自分が楽しく自由にチャレンジする。

「人生を楽しむために仕事をする。仕事のための仕事なんてつまらない」

 こんな人生観も一緒だった。

 Hさんとともに仕事をするうちに、仕事仲間から友達以上の兄弟と仕事をしているような気持ちが芽生えていた。

 

■一人の旅と二人の旅と

 このコラムを書き進めながら改めて気づいたことがある。いろんなところを旅してきて、記憶の中には各地の鮮明な風景や出来事が広がっているのに、意外と写真が残っていないのだ。

 私はいつだって、自分の五感をフル回転させてその場所の全体を感じたい。目で見る。鼻で嗅ぐ。口で味わう。耳で聞く。体全体でその土地や人に触れたい。感じたことのすべては、ときにはスケッチやメモで残すこともあるが、ほとんどは私の頭の中で再構築されて、映画のような形でストックされていく。写真が少ないのは、カメラを取り出し構えてしまうと、その瞬間映画のシーンが途切れるような気がするからかもしれない。

 

 私が常に一番大事にしてきたのは自由であること。

 自分の行きたい場所へ自分の感覚に従って向かいたい。だからいつも一人で旅をしてきた。写真が少ないのはそのせいもある。

 私は一人旅が好きだ。人生という旅だって自由に行き先を決めてきた。でも、その旅の途上で出会った人たちと、旅程のある区間をともにすることで大きな収穫を得てきたことも事実だ。ともに楽しむことで旅はもっとすばらしいものになる。

 四万十に関わる旅の途上で出会ったHさんと私は、その旅の長い行程をともに歩く仲間になった。ひとつ年下だけど頼れる「あにき」のようなHさんと私は、「大きな岩も二人が力を合わせれば動かせる」といい合って笑いながら、さまざまなチャレンジを続けていく。

                                    

写真/ステファン・ダントン 編集協力/田村広子、スタジオポルト

「ステファン・ダントンの茶国漫遊記」vol.10、11 (2017.8.21、9.4)

 

次回、「四万十河原茶を引っ提げタイへ!」 

 

【新店舗】

東京都中央区日本橋人形町2-7-16 関根ビル1F
(東京メトロ日比谷線、都営浅草線「人形町」駅 A3出口)

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