文/チョン・ウンスク

 

『美味しい韓国 ほろ酔い紀行』(双葉文庫)ではここ数年こだわり続けている「ソウル回帰」を軸にしつつ、これまで朝鮮半島の西側(全羅道)偏重だった反省もあって、東側(江原道や慶尚道)の縦断旅行を敢行している。

 本連載では今回から、ページの都合でボツにせざるをえなかった写真、あるいは本当はカラーで掲載したかった写真を見ながら、取材の思い出を数回に渡って語っていきたい。

 

江原道の山間部にある平昌バスターミナル。このすぐ近くにオリンピック市場がある

平昌(ピョンチャン) 

 

冬季五輪のときは通過しただけだったが、久しぶりに平昌バスターミナル周辺を歩いてみた。目的のひとつが90歳近いハルモニがやっている小さなデポチプ(昔ながらの大衆酒場)の再訪。この店の最大の魅力はハルモニだが、彼女をより魅力的に見せるのがタイル貼りのカウンターだ。何十年も前の職人さんの手によるものと思われるが、不規則な色の配列にセンスを感じる。歴史と情緒のあるデポチプにはたいていこのタイル貼りのカウンターがある
平昌のオリンピック市場(旧・中央市場)では、江原道の特産物(そば、ジャガイモ、トウモロコシなど)を使った焼き物が多く見られる。これは、メミルブチム。そば粉の生地に白菜キムチやニラをのせて薄く焼いたものの

メミルジョンピョン。そば粉の生地でキムチのみじん切りを巻いて食べる。そば粉にニラをすったものを加えてあるので濃い緑色をしている。釜山名物ホットッのように紙コップに入れて出してくれる

焼いたメミルブチムを宅配用のケースに入れる市場のアジュマ。冷蔵技術や飲食の発酵スピードを遅らせる技術、流通システムの整備や容器の発達などにより、今や地方の名物はその地に行かなくても食べられるようになった。その土地の空気や提供してくれる人の丹精も味のうちと考えている私にとっては、ちょっと興覚めな感もある

前述のデポチプの常連さんの娘と息子が、市場の近くでパン屋さんを開店したと聞いたので行ってみた。ソウルにある店のようなおしゃれな外装に驚く。左がベーカリー、右がカフェになっている。韓国全土がソウル化してしまうのはどうかと思うが、この店は店名に名産のメミル(そば)という言葉を入れていて好感がもてる



パンには山菜やジャガイモ、クルミなど江原道の穀物が多く用いられている。カフェでは江原道に語学留学に来ているというフランス人女性と出合った。タヒャンサリ(異郷暮らし)はたとえソウルであっても不便なことが多いのに、山間部での留学生活は苦労はいかばかりかと、母のように心配してしまった

東海岸を束草→江陵→三陟と南下する

 

束草の青湖洞で仕掛けの手入れをする人々(雪岳大橋より撮影)

束草(ソクチョ) 

 

夏が終わり、秋の気配が感じられるようになると恋しくなる牡蠣。韓国は牡蠣(クル)を美味しく食べる天才ではないかと思うことがある。よく知られているのはクルポッサム。生牡蠣と茹で豚肉とキムチが大皿に盛られて出てくる。牡蠣の風味と豚肉の旨味をキムチの辛酸っぱさが上手くまとめていて、最高のおかずにして、最高の酒肴である。このほか、牡蠣のチヂミ(クルジョン)、ピンデトッの付け合わせとして添えられる牡蠣の塩辛も美味しい。写真のように牡蠣と切り干し大根をキムチとサッと和えたものも旨い。これは束草の人気食堂『オンギネパプサン』の副菜

束草の市外バスターミナルで待機しているとき、ある映画のワンシーンを思い出した。ソウルに定着した脱北者のせつないラブストーリー『約束』(原題:国境の南側)である。平壌から脱北した主人公(チャ・スンウォン)と、そのあとを追って韓国に入った彼女(チョ・イジン)は、束草で一夜を過ごしたが、早朝、彼女は別れも告げずに去っていった。主人公はあわててバスターミナルに向かったが、彼女を乗せたバスはまさに走り出そうとしていた。そんな場面だった。この映画は、アジア全域で人気を博したドラマ『宮廷女官チャングムの誓い』のイ・ビョンフン監督にインタビューしたとき、監督がお気に入りの映画として挙げていたこもあり、とくに印象に残っている。日本映画では、別れの場面は鉄道駅で撮影されることが多いような気がするが、庶民の足としてバスの役割がまだまだ大きい韓国では、ターミナルは別れの舞台装置として健在である

江陵(カンヌン) 

 

江陵の林唐洞にあるカムジャオンシミ(ジャガイモのすいとん風)の店で食事するとき、近くの壁画村を見物した。殺風景な住宅街の壁に絵を描いて観光名所化する試みが全国的に行われるようになって10年以上経つだろう。当初は子供だましのように感じていたのだが、自分も年をとったせいか、最近は壁絵に添え書きされたメッセージに釘付けになったりする。なかでもいちばん上の写真の絵に添えられた「母さんのごはんが恋しいこの頃です」にはほろっときてしまった。作者の意図はわからないが、子供の頃は母に何かしてもらうのはあたりまえだったが、自身が大人になり、子供をもつようになると、母のありがたみが身に染みるようになる。そんなとき、こんな気持ちになるのではないだろうか

ドラマで見たことがあるかもしれないが、この絵のように、両手を上げたままにする動作は韓国の親や教師が子供に与える罰のひとつである。「そんなに大変じゃなさそう」と思った人は一度やってみるといい。地味だが、なかなかつらいことがよくわかるはずだ。韓国ではほかに、モノサシで手のひらや足の裏、ふくらはぎを叩く罰も一般的だ

捕虫網を持って外を走り回る子供。どことなく秋の気配を感じさせる絵だ

 

 

江陵の林唐洞では日本時代に建てられたと思われる精米所『林唐パンアッカン』と出合った。私は地方に行って年季の入った精米所のある建物を見つけると、入って見学させてもらうのだが、ここでは鉄の棒を上下させて唐辛子をつく機械や麦をひく機械、トウモロコシを削る機械、ゴマま油を絞る機械など、さまざまな穀物粉砕機を見ることができた

 

林唐洞の路地裏で昔のままの姿をさらしていた精米所『林唐パンアッカン』の建物

三陟(サムチョク) 

 

久しぶりに訪れた三陟では、韓国各地で出合ったデポチプ(昔ながらの大衆酒場)のなかでも屈指の名店『ボンチョンチプ』の再訪が楽しみだったのだが、残念ながら廃業していた。ほんの数カ月前のことだという。近所の人に聞いたところ、女将(70代)が足が不自由になり続けていけなくなったのだそうだ。前回、初めてこの店を訪れたときは、マッコリを何本も空け、ハシで酒器を叩いて歌うおじさん2人組を叱責する女将の姿や、カウンターでひとり立ったまま焼酎1本を空けサッと立ち去る男性客の姿を見ることができた。健在だったら、まちがいなく韓国大衆酒場ベストテン(地方編)に上位ランクする店だったのだが……。

(つづく)

「韓国の旅と酒場とグルメ横丁」vol.89、90 (2019.8.9、23)

 

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韓国最大の財閥企業サムスングループの二代目会長、故・李健煕(イ・ゴンヒ、昨年10月に死去)の発言、語録をまとめた書籍『李健煕の言葉(原題)』(韓国、スターブックス社刊)を、チョン・ウンスクが日本語版として翻訳、刊行したものです。